第21話 おあずけ

 清水百花。

 彼女のことについては今更語るまでもないし、別段俺が語る理由ももうない。 

 それに、彼女だって俺についてどうこう言う筋合いはない。

 なにせ清水さんは俺をフッたのだ。

 彼女があの時、俺の告白を受け入れてくれてたら今とは違った未来だったに違いなく、しかしそうはならなかった。


 結果として。

 俺はあの後、日葵と付き合った。

 フラれた俺を慰めてくれた優しい後輩を、俺は選んだのだ。


 だからそれだけの話。

 思いがけないところで清水さんと会って驚いたから、思わず声が出てしまったがそれだけで。

 別に日葵といるところを見られて気まずいとか、そんな気持ちすらないのだが。


「城崎君……その子は?」


 清水さんは訊いてきた。

 俺に対して、目を丸くしながら。

 まるで彼女が彼氏の浮気現場に遭遇したような顔だ。


「え、ええと……あ、いや」


 今はこの子と付き合ってるんだといおうとして、やめた。

 異性との会話は禁止されているんだった。

 思い出したように口を紡いで目を晒した俺に、向かいの席にいる日葵はにんまりとしながら、


「今のはぎりぎりセーフにしときますね」


 と、言った後で頭を逸らせながら振り向いて。

 清水さんを見る。


「あー、清水先輩お疲れ様です」

「……日葵さん、どういうこと?」

「何がですか? 見ての通り、彼氏のせんぱいとデート中です」


 清水先輩こそ、何か用ですか?

 笑いながら日葵が言うと、清水さんは慌てて店を出て行った。


「またのお越しを」


 席にもつかず、何も注文せず出て行った彼女に対してきちんと声をかけるマスターの声だけが静かな店内に。

 しばらく、静寂が辺りを包む。


 氷が溶けて、カランとグラスが音を立てて。

 その音で目が覚めたように、俺は口を開く。


「玄、お前って清水さんと知り合いなのか?」

「あれ、言いませんでした? 私、清水先輩とは中学の時から一緒なんですよ」

「そ、そうなの? いや、知らなかったよ」

「まあ、仲よかったわけではありませんけど。昔から美人で有名でしたからね彼女は」


 以前、清水さんのことで日葵に相談した時も、そんな話はしてなかった。

 でもまあ、この辺りが地元の連中ならままある話かと。

 しかし、清水さんは何に対してあんなに驚いていたんだろう。

 もしかして、俺が日葵とデートしてたから?


「まあ、別に今更どう思われてもいい、か」

「あれ、せんぱいからそんな言葉が訊けるなんて意外ですね」

「だって、今は玄のことが好きで付き合ってて清水さんのことはなんとも思ってないんだから」

「あはっ、そうですね。せんぱいは悪い子ですね」

「悪い? なにがだ」

「いいえ、こっちの話です」

「?」


 そんなことより、と。

 首をかしげる俺に、日葵は笑いかけながら話題を変える。


 他愛もない話。

 ゲームのこととか。

 来週のデートのこととか。

 部活で次に何をするかとか。

 

 そんな話題を次々と、彼女から振ってきて。

 あれこれ話しているうちに気が付けば夕方にさしかかっていた。



「いやあ、随分長居しちゃったなあ」

「でも、全然お客さん来ないでしょ。潰れないのが不思議ですけどいい場所なんです」

「確かに。また行こうよ、次は料理も食べてみたい」

「はい、いつでも」


 どちらからともなく、手をつなぐ。

 日葵の小さな手のぬくもりが、俺に安心を与えてくれる。

 今朝は、実家に連れていかれたり女性と一切口をきくなと言われたりで戸惑うことも多かったけど、そういうわがままで奔放なとこも俺を好きが故の事だと考えればまだ可愛いものだと。


 それに、彼女も俺を困らせて楽しんでる節もあるし。

 そのうち、嫉妬なんてしなくなるだろうと。

 あれこれ考えるのはやめにして、彼女との休日デートを楽しむことにした。


 買い物をしたり、一緒に買い食いしたりしてブラブラと。

 そんな何気ないことが楽しくてあっという間に時間は過ぎていく。

 最後に本屋に寄って、二人でおすすめの本を紹介しあって、それを一冊ずつ買って外に出た時。

 

 もう、日は暮れていた。


「あー、もうこんな時間か」

「明日も休みですもんね。さてと、今日はそろそろ解散にします?」

「う、うん。今日は、ええと」

「ふふっ、またお泊りしてほしいって顔にかいてますよ」

「……だって」

「かわいいですね、せんぱいは。でも、今日はお家に帰らないといけないんです。だからちょっとだけお預けです」

「う、うん。じゃあ送るよ」


 盛りのついた猿ではないけど、一度快感を覚えた男子高校生がそう簡単に落ち着くはずもない。

 つい昨晩、初めて女性を抱いた俺はその衝撃に頭を打たれたまま。

 日葵と今日もそういうことをできるのかと期待してしまっていた分、落胆は大きい。


「せんぱい、そんなにがっかりしないでくださいって」

「し、してないよ。ちょっと寂しいなって思ったくらいで」

「私もですよ。でも、毎日ってわけにもいきませんし」

「そ、そうだな。うん、ごめん」

「いえ、せんぱいが寂しいと思ってくれて嬉しいです」


 大きな日葵邸の前で、彼女にそっとキスをされた。

 それが余計に俺の名残惜しさを増長させたが、一度強がってしまったせいか引き留めることもできず。

 手を振りながら家の中に戻っていく日葵の姿が見えなくなるまで見送って。


 やがて、静まりかえった夜道を一人、ふらふらと帰路につくのであった。



 

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