第17話 はじめて
「せんぱーい」
風呂場から、日葵が俺を呼ぶ。
悶々としながらゲームの画面をぼーっと眺めていたせいで、返事に遅れるともう一度「せんぱーい」と可愛い声が届く。
「あ、ああ。ごめん、何?」
「せんぱい、タオルがないですよー」
「あれ、そうだったかな? ごめん、どうしよう」
「中にいますので脱衣所に持ってきてくれませんか?」
男の一人暮らしなんて大体適当なもの。
タオルも洗濯したものを畳まずそのまま使ってることもしばしば、だからうっかりしていたと慌てて部屋からタオルを持って風呂場へ向かう。
どうして疑わなかったのだろう。
あれだけ誘惑を仕掛けてきた彼女が、風呂に入っているこの状況で何もしてこないはずがなかったわけだが、それに気づいたのは脱衣所でないと言ったはずのタオルを巻いて立っている後輩女子を見た時だった。
「え……」
「せーんぱいっ♪ お風呂、入りましょ?」
「そ、それは……んぐっ」
ダメダメと言おうとした俺の口は、細い指につままれてお口チャック。
そして少し強めに指に力を込める日葵は、クスッと笑いながら言う。
「もう、逃しませんよ」
どういうことだろう。
普通、男である俺の家に女子を連れ込んでいるこの状況であれば、そんなセリフを吐くのは俺のはず。
しかし、我が部屋で逃げ場を失ったのはなぜか俺の方で。
そのまま、タオル一枚に包まれた柔らかい体が俺を包む。
ハグされる。
ほぼ裸の彼女に。
「あ、へ……」
「女の子にここまで言わせて、何もしないのはむしろ意地悪ですよ?」
「あ、あの……いや、あの」
「一緒にお風呂入りましょ? ね?」
あたたかい息が、可愛い声と共に耳にかかる。
それが俺のブレーキを破壊した。
とはいっても取り乱して飛びかかったりしなかったが。
もう、抗う気持ちもどこかに消えていた。
こくりと頷いた俺は、「いい子ですね」と微笑む彼女に言われるまま上着を脱いで。
その間に先に風呂場へ戻る彼女を見て、なぜか慌てて全裸になって。
自身の貧相な裸を洗面台の鏡で見たところで慌ててタオルを探して前を隠し、風呂場に入る。
「あ、せんぱい。隠さなくてもいいのになあ」
「あ、いや、だって」
「かたくなっちゃってます?」
「……」
当たり前である。
湯船から顔だけ覗かせる、可愛い彼女を見て股間を熱くしない男子なんてこの世には絶対に存在しないと、何事にも慎重な俺ですら大胆に断言できる。
と、偉そうに言ってみてもなんとも格好が悪い。
もう、目が回りそうになりながらもゆらゆら漂う水面の向こうに見える彼女の体を、目を泳がせながらチラチラみる俺は変態の様相だ。
「ふふっ、一応タオルは巻いてますよ」
「あ、いや……ごめん」
「謝らなくていいのに。ねえせんぱい、入ってきてください」
湯船から手をひょこっとだして手招きされると、それに吸い込まれるように足が勝手に。
そのまま俺も、詰めるように狭い浴槽に体をつけた。
「ふふっ、せんぱいと向かいあってお風呂とか照れちゃいますね」
「……恥ずかしい」
「知ってますよ。せんぱいはうぶな照れ屋さんですもんね」
「お、お前は恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいですよ? でも、それよりもせんぱいのお顔、一秒でも長く見ていたいので嬉しいが勝っちゃいます」
「……」
一緒に風呂にまで入っておいて、またしても卑屈な自分を引っ張り出すのはくどいかと思うけど。
俺の何が日葵にここまでさせるのか、やはり不思議でしかなかった。
ただ、いくら聞いても俺の望む答えは返ってこないだろうことも重々理解している。
結局、人を好きになるのは理屈じゃないってことなんだろう。
日葵にとってはとにかく俺がいいと、なぜか知らんがそういうことのようだ。
「……あのさ玄」
「ここでしちゃいます?」
「え?」
「あはっ、冗談ですよ。のぼせたら大変ですもんね。私、一回こういうことしてみたかったんです」
「……俺も、夢見てるみたいだよ」
「でも現実ですよ。さて、私は先に上がるので洗ったら出てきてください」
まだ目のやり場に困っている俺の向かいで、彼女はザバンと湯船から出ていく。
しっかり巻かれたタオルが、水に濡れて体に密着しているのをチラリと見てしまい全身に血が巡る。
でも、いよいよやっちまうのかと期待していた自分がいた分、先に風呂から出ていく彼女を見てがっかりもしていた。
「あ……」
と、なんとも情け無い声が出た。
焦っていたのか、興奮を抑え込めなかったのか、慌てて彼女を追いかけようと風呂から出ようとする俺に、振り返りながら彼女は笑い。
風呂場に、その可愛い声を響かせる。
「今夜は、優しくしてくださいね」
◇
目が覚めたら夜中だった。
風呂から出たあと、何があったかは言うまでもなく、しかし一生忘れることはないだろう。
すごかった、というチープな感想しか出てこない。
語彙力があまりの興奮のせいで失われてしまったようである。
はじめて、彼女とえっちをした。
本や動画で女性の裸というものは見たことがあったが、実物は想像をはるかに凌駕した。
生々しい回想は控えるが、あの快感はクセになるなんてもんじゃなかった。
直後は、疲れ果ててぐったりだった俺も、一度眠って目が覚めた今、横ですやすやと眠る彼女にそれこそ襲いかかってしまいそうなほど、眠る前のあの時間を忘れられずにいる。
ただ、あまりに安心した顔で。
幸せそうな顔で眠る彼女を起こす気にはなれず。
その寝顔に頬を緩ませながら、俺はまた目を閉じた。
幸せだな、と。
こんな夢みたいなこともあるんだなと。
今だけは、城崎誠也として生まれてきてよかったと。
そんなことを思いながらまた、眠りについた。
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