第16話 罰ゲーム

 初めてできた彼女が初めて家に泊まるという男子の憧れのシチュエーションが今まさに現実になろうとしている。


 だというのに、俺の気持ちは複雑だった。

 おそらくは玄関で垣間見えた日葵の黒い部分のせい。

 いや、さっき以外でも節々に日葵は危険な香りを漂わせていた。


 だから一定の距離を置いておかないとまずいと。

 彼女にどっぷりつかってしまうと取り返しのつかないことになると。

 そんな理性が働いているうちはまだ、日葵という沼にハマっていない証拠ともいえるが。

 

「せんぱい、もしかしていやなんですか?」

「え、な、なんで?」

「普通、彼女がお泊りなんてワクワクするはずなのに。せんぱいは冷静です」

「そ、そんなことはないよ。ど、ドキドキしてるし」

「ふーん。まあいいです。じゃあ今日は泊まっていいんですね?」

「……もちろんだよ」


 断る理由はなかった。

 俺も男だし、エッチなことにも興味はあるし、実際日葵がうちに泊まるという未来は常に頭の片隅で想像していたことでもあるから。

 嬉しいとは思う。

 期待感もこみ上げてくる。

 でも、どこかで俺にかかるブレーキのようなものは、ただの甲斐性のなさであってほしいと。


 そう思いながら日葵を部屋に案内する。


「……なあ、玄」

「なんですか?」

「ゲームでもしないか?」

「そう来ましたか。ま、いいですよ。ちなみにせんぱいの持ってるゲームはなんですか?」

「こ、これ。格ゲーかレースどっちがいい?」


 普段、据え置き機のゲームなんてめったにしない俺だが、一人暮らしを始める時にばあちゃんが買ってくれたものを大事に持っていてよかった。

 せっかく孫の為と思って与えてくれたものだからと、金に困った時に売らなくてほんとよかった。


「へー、どっちが得意ですか?」

「え、ええと。レースの方かな」

「じゃあそっちで。せんぱいのかっこいいとこ見せてください」


 繰り返すが、俺はゲームはあまりしない。

 するのは携帯アプリばかり。

 課金する金もない俺はこつこつ無課金でソシャゲを楽しむ程度で、ゲーム自体は得意でもない。

 だからかっこいいところと言われても困るなあと首をひねりながら電源を入れると、日葵が横でつぶやく。


「負けた方は罰ゲーム、ですね」


 よくある話だと。

 だから俺も「そうだな」なんて軽く返事をしてしまったが。

 

 レースを走らせるキャラを選択していると日葵が改めて俺に問う。


「罰ゲーム、せんぱいは私に何させたいですか?」

「ま、まだ何も考えてないよ。ち、ちなみに玄は」

「えー、どうしようかなあ。どんなことならせんぱいが嫌がるかなあ」

「べ、別に嫌がることじゃなくても」

「それじゃあ罰ゲームの意味がありませんから。そうだ、負けた方が勝った人の服を脱がすとか」

「ぶっ」


 ちょうど片手にとって飲もうとしていたお茶を盛大に吹き出してしまった。

 あまりに予想外の提案。

 それも罰ゲームかどうか怪しい。


「いや、それはさすがに」

「さすがに?」

「……俺たち、高校生だし」

「今時の高校生はみんなすることしてますよ」

「み、みんな?」

「ええ、みんな。私たちが遅れてるんですよ」


 だからみんなに追いついちゃいます?

 日葵は、不敵な笑みを俺に向けながら上唇をぺろりと舐めた。


 ゲームの音が、早く始めてくれと言わんばかりに部屋に響くがそれどころではなくなった。


 今、俺は選択を迫られている。

 彼女も半ば冗談混じりではあるものの、決してお調子だけではないだろう。


 その証拠に俺の腕にピタッとくっついて離れない。

 明らかに誘っている。

 俺の緊張が、彼女の鼓動が互いに伝わるほどに密着している。


「……いっこ、聞いていいか?」

「なんですか?」

「玄は、なんで俺なんだ?」

「と、いいますと?」

「いや、お前くらい可愛い子ならもっと選びたい放題というかさ……俺は何もない陰キャだし」


 決してネガティブを拗らせているつもりはない。

 本音というか、事実だ。

 俺は昔から友達も少なく運動も勉強も人並みかそれ以下で、小学校の時なんてバレンタインだからとクラス全員に誰かが義理チョコを配っていた時ですら存在を忘れられてスルーされたほど。


 そんな俺に舞い降りた奇跡を手放しで喜べないのは仕方ないことだ。

 彼女が真っ直ぐ俺を見つめてくれればくれるほど、何か裏があるのではないかと疑わざるを得ない。


 もちろん、俺を騙したところで何も出てこないが。


「せんぱい。せんぱいは自分のことが嫌いなんですね」

「……まあ。今までの人生を振り返ってよかったと思えることはそうないし」

「じゃあ、私がせんぱいを愛します。せんぱいの分まで、せんぱいを好きになってあげます。それだと、ちょうどいいんじゃないですか?」


 はにかんだあと。

 彼女はそのまま俺にキスをした。

 そっと。

 そのあと、絡みつくようにねっとりと。


 その感触に、俺の頭は真っ白になる。

 そして気がつけば唇が湿りすぎてべとべとになるほど、彼女とじっくりと唇を重ねていた。


「……玄」

「せんぱい、えっちな顔してる」

「そ、そりゃ、だって」

「いいですよ。シャワー、浴びてきますね」

「……うん」


 もう、そういう流れなんだと確信した。

 この後、俺は日葵を抱くんだと。


 何も言わずそっと部屋を出て行く彼女の背中を見守る間も、やがて奥からシャワーの音が聞こえだした時もずっと、そんな考えに支配されていた。

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