第14話 予感

「そういえば日葵って粉ものが好きなのか?」


 ふと、正門を出たところで思ったことを口にした。

 清水さんが粉もんが好きだという情報を知った時だって、おすすめのお好み焼き屋とかを何軒もすぐに教えてくれたし、そういうのが好きなら今度デートで行ってみようと思っての発言だったが。


「いえ、普通ですよ」


 ということだった。

 

「そ、そうか。でもたこ焼きは」

「たこ焼きは人類皆等しく好きですよ」

「そ、そうか?」

「はい。でも何を差し置いてでもってほどじゃないですし」

「まあ、そんなもんか」

「ええ、それよりもうすぐ着きますね。トッピングは何にしましょうか」


 なんて話をしているといい匂いがしてきた。

 駅前に移動販売の車を止めてたこ焼き屋が開店している。

 そして何人かが既に列を作っている。


「あれ? あの方、お友達じゃないですか?」


 列の最後尾に並ぶと、前の方を指さして日葵が。

 その先を見るとそこには柳の姿があった。


「あ、ほんとだ……ってあれは?」

「お隣の方、清水さんですね」

「……デート、かな」


 柳は今日、大事な用があるといって早退した。

 そして今、清水さんと一緒にたこ焼き屋に並んでいる。

 これはつまり、あいつが学校以上に大事だといった用事が清水さんとのデートだったってことだと。

 でも、だからといってショックなんて受けても仕方ない。

 俺だって彼女とデートしてるんだから。


「……邪魔しちゃ悪いし、ほっとこう」

「せんぱい、ショックなんですか?」

「何が?」

「だって、好きだった人が親友の方とデートなんて。嫌じゃないですか?」

「い、嫌かどうかはわかんないけど……でも、今は別に」


 もう、清水さんのことはなんとも思ってないと。

 俺の彼女は日葵で、日葵との毎日が楽しくて清水さんにフラれたことだってむしろラッキーだったとくらいに思っていたはずなんだけど。

 なぜか少しだけ、胸が苦しくなる。


「……いや、清水さんは柳みたいなのがお似合いだよ」

「その言い方、吹っ切れてない様子ですね」

「吹っ切れてるよ。清水さんが目の前で柳とキスしたってなんとも思わんぞ」

「へー。じゃあそれだけ私のことが好きってこと、ですか?」

「ああ、そうだ。俺は日葵の彼氏だからな」


 すらすらと。

 普段なら恥ずかしくて口籠ってしまいそうなことを堂々と言ってのけるのは、むしろ強がっている証拠かと。

 実際男なんて女々しいもので、昔好きだった人とか付き合ってた人のことをいつまでもずるずる引きずる人が多い印象だ。

 中学の時の友人たちも、大体失恋した後はうじうじしてた印象だ。

 まあ、柳みたいなやつもいるし俺の周りの連中だけなのかもしれないが。


「せんぱい」

「なんだ?」

「たこ焼き、なんにします?」

「え、ああ。任せるよ」

「はい、それじゃおすすめ二つお願いします」


 あれこれ考えていると気が付けば列の先頭にいた。

 慌てて日葵の呼びかけに答えていると、クスクス笑いながら日葵が俺の手を握る。


「ど、どうしたんだよ」

「んーん、せんぱいってかわいいなって」

「そ、そうか? 別に俺は」

「いいえ、かわいいです。そういう女々しいところも好きですよ」

「……すまん」


 結局、俺の腹の内なんて見透かされていたようで。

 この前まで恋焦がれていた清水さんが親友である柳とデートしていたことについて、素直にめでたいと思えない自信の器の小ささを日葵の慰めでより一層痛感させられることとなった。


 そしてたこ焼きを受け取ると、近くにあるベンチに座ろうと彼女が言って。

 一緒に腰かける。


「せんぱい、あーんしてあげる」

「い、いいよ熱いし」

「ヤダ。あーん」

「……あーん……あっつ!」

「あははっ、清水さんのことで悲しんだ罰ですよ」

「……だからごめんって」

「いいですよ。悪いのはせんぱいじゃなくて清水さんですもんね」

「い、いやそういうわけじゃ」

「それに柳さんでしたっけ? 彼もちょっと空気読めませんねえ」

「……日葵?」


 急に。

 遠くを見るような目をして、日葵の声のトーンは夕陽が沈むのと同調するように低くなっていく。

 ちょうど、夕陽が当たっていたベンチが影になって。

 日葵はさっきまで笑っていたのに、急に俯いてブツブツと何かを呟いている。


「……す」

「ひ、日葵?」

「え? なんですかせんぱい」

「あ、いや……大丈夫か?」

「なにがですか? たこ焼きならもう冷めてますよ」

「……なんでもない」


 一瞬、彼女の態度が豹変した、ような気がした。

 やはり気のせいかと思ってしまうほど、呼びかけに応じた彼女はニコニコしていて。

 でも、やはり気のせいではない。

 日葵は時々暗い表情を見せる。

 それに低く芯の通った声で物騒なことを言う。

 でも、機嫌が悪くなることは誰にでもあるし、俺だって悪態をつくこともあれば腹が立ってものに当たった経験もある。 

 

「日葵、食べたら帰ろっか」

「はい。それじゃ今日はおうちでゲームしましょ」

「うん、そうしよう」


 たこ焼きはすっかり冷めていて、それでも甘いたれが美味しくてあっという間に平らげた。

 そして早く日葵を連れて家に帰りたかった。

 嫌な予感がしたから。


 柳達と鉢合わせると、日葵がとんでもないことをするんじゃないかと。 

 何の根拠もなくふとそう思ってしまったが、なぜかその予感が怖くなって。


 彼女の手を引いて真っすぐに家を目指した。


 

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