第13話 兆し

「せんぱい、食堂っていいですね」


 プリンを食べ終えた日葵は急にそんなことを言った。


「そ、そうか? まあ安いしうまいけど」

「それで充分です。それに教室と違ってせんぱいの横でご飯が食べられるのはいいですね」


 普通、二人で食事をする時は向かい合って食べるものだと俺は思っていたが。

 日葵はなぜか俺の横に座って、並んで食事をする。

 わざとらしく肩を当てて、時々上目遣いで俺を見ながら食事を口に運ぶ彼女からは妙ないやらしさというか色気が漂っていて、俺ははっきりいって食事どころではなかった。


「ねえせんぱい」

「な、なんだ?」

「さっき私に声かけてきたのって三年生の人ですよね」

「そ、そうなのか? 俺は知らない人だったから」

「せんぱいは私に手を出そうとする人がいたらどう思いますか?」

「い、いやだと思う、けど」

「それだけ?」

「も、もちろん何かされそうだったら俺が守るよ」

「ふふっ、ならよかった」


 なんの質問だよと思ったが、きっと試されているのだろう。

 日葵は俺の愛情を確かめている。

 本当に俺が彼女のことを好きかどうか、それを確かめなければ不安なのだろう。

 まあ、付き合い始めってそういうこともあるのかなと。

 だから俺は彼女に言う。


「俺は日葵の彼氏だから。ちゃんとするよ」

「わっ、せんぱいかっこいい。じゃあ、私も彼女としてせんぱいの為にいっぱい尽くしますね」

「ああ、頼む」

「へへっ、頼まれました」


 日葵が嬉しそうにすると、俺も嬉しい。

 彼女がはしゃいでいると、俺まではしゃぎたくなる。

 好きっていうのはつまりこういうことなのだろうと。

 ただ可愛いからとか、興味あるからって単純なものじゃないんだなと。


 まだ不安もあるけど、日葵と付き合ってみてよかったという気持ちが俺の中で大きくなっていることを自覚しながら、やがて二人仲良く食堂を出た。


「せんぱい、放課後は久しぶりに部室行きましょ」

「そうだな。活動らしいことをしておかないと廃部にされそうだし」

「それに、帰りは明日からの活動に備えて本選びにも行きたいですし」

「本屋に行くってことか? それもいいな」

「予定いっぱいですね。じゃあまた、迎えにいきますね」


 一年生の教室が入った校舎の前で日葵は手を振って去っていく。

 放課後は可愛い彼女と一緒に部室でおしゃべりして、帰りは一緒に本屋デートとは。


 あまりの充実ぶりといえる。

 ほんと、いつかしっぺ返しがくるんじゃないかと不安すら覚えるレベルだ。

 でも、別に悪いことはしてないわけだし、彼女との楽しい生活を満喫させてもらおうなんて思いながら教室に向かっていると、あまり会いたくない人とすれ違った。


 柴田勝也。

 先日、日葵の大胆な行動を注意して、逆に嵌められてしまった大男。

 あれ以来姿を見ないと思っていたが、自粛でもさせられていたのだろうか。


「おい」


 まあ、関わらないに越したことはないとすれ違いざまに目を逸らして逃げるように小走りしようとしたところで声をかけられた。


「は、はい?」

「お前、日葵玄と付き合ってんのか?」


 振り返ると、大男が太い眉毛を少しぴくぴくさせながら俺をすごい形相で睨んでいた。

 常に怒ってるような顔つきだが、明らかに怒りを爆発させるのを我慢してますって顔だ。

 

 正直日葵とはなんでもありませんと言ってやり過ごしたかったけど。

 でも、そんな嘘はあまりにかっこ悪い。


「……はい、そうですけど」


 開き直ってそう答えた。

 一、二発は殴られることを覚悟しての答えだったが、しかし意外にも柴田先輩は俺を殴ることも投げることもせず。

 はあっとため息をついてから、俺を憐れむように見る。


「そうか。せいぜい頑張れ」

「……はい?」

「交際は自由だ。好きにしろ。しかし風紀を乱すような行動はとるなよ」

「は、はあ」


 そんな注意を受けて、柴田先輩はどすどすと巨体を揺らして廊下を歩いていった。

 その大きな背中を見ながら首をかしげているところで昼休み終了のチャイムが鳴って慌てて教室に駆け込んで。


 大人しい風紀委員の態度に何が何やらとそのまま首を傾げ続けて気が付けば放課後までずっと答えの出ないことを延々と考えていた。



「せんぱい、お迎えにあがりましたー」


 無邪気な後輩彼女は放課後すぐにやってきた。

 昨日までは、日葵が来るや否や男子のほとんどが俺を睨みつけていたけど、もう呆れたのか諦めたのか、誰も反応しなくなった。

 うんざりした様子で教室を出て行く連中とは多分今後も友人になることは無理だろうなと諦める俺のところに素知らぬ顔で日葵が軽快な足取りで駆け寄ってくる。


 ちなみに柳は用事があるといって午後の休み時間中に先に帰ってしまった。

 チャラいが先生には優等生で通っている柳の早退には驚いたが、今日はそれくらい大事な用があるんだとか。


「あれ、今日はせんぱいのお友達いないんですねえ」

「柳のことか? ああ、先に帰ったよ」

「そうですか。ねえせんぱい、本屋に行く前に駅の方へ行きませんか?」

「いいけど、何か行きたいとこがあるのか?」

「行きたいとこというか、連れていきたいというか」

「なんだそれ」

「いえ、こっちの話です。なんかたこ焼き食べたいなって」

「そういや駅前によく来るよな。いいよ、行こう」

「はーい」


 日葵は後輩らしく俺におねだりをすることが以前から多かったが、いつもジュース一本やアイス、それにたこ焼きとか安いものばかり。

 そういうところが可愛いというか憎めないというか。

 やはり一人暮らしの身でデート代もバカにならないと心配する俺の心を先読みしてのことならすごいけど、そうじゃなくても日葵の人の好さが出ているなあとか、そんな惚気にも似たことを考えながら一緒に校舎を出た。

 

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