第11話 甘噛み

 学校を休んだ翌日というのは、少し体がだるい。

 早速サボり癖がついたのか、気怠いなあと感じながらも部屋を出て学校に向かう。


 もちろん、日葵と一緒に。

 家まで迎えに来てくれた彼女と、昨日は学校をさぼって半日家で過ごしたが今日はちゃんと登校する流れになった。


「せんぱい」

「なんだ」

「呼んでみただけです、ふふっ」

「……日葵、昨日は帰ってから連絡なかったけど忙しかったのか?」

「あれれ、もしかしてヤキモチですかあ?」

「ち、ちがうよ」

「嬉しい。せんぱいが私のこと心配してくれるなんて、もうせんぱいを殺して傍に置いておきたいくらい嬉しいです」

「そこは私も死ぬ、じゃないのかよ」

「一緒に死んでほしいですかあ?」

「あ、いやそういうわけじゃなくて」

「ふふっ、大丈夫ですよ。せんぱいを一人にはしませんから」

「……」


 日葵は時々物騒なことを言う。

 もちろん冗談だとわかっているが、目力が強いせいかどうも無視できずに不安になる。

 でも、華奢で小柄でいつもニコニコしてる彼女が怒るところはあまり想像できないし、怒ったところでワーキャー言う程度だろうと。


 校舎に入って別れる時にずっとこっちに手を振る彼女を見送りながらそんなことを考えていた。 


「おはよう、城崎君」

「……お、おはよう清水さん」


 ばったり、廊下で清水さんと出くわした。

 清水百花。

 俺の多分初恋相手。

 つい数日前まで彼女が大好きで、そして同じく数日前、俺をフッた相手。


 あれ以降学校でもすれ違うことがなかったが、彼女が何食わぬ顔で挨拶してくるのが意外で、足を止めてしまう。


「……」

「どうしたの城崎君?」

「え、いや……」

「あの、この前はごめんなさい」

「え?」

「私、急にあんなこと言われて戸惑っちゃって……」

「い、いいよもう。俺こそ急にごめん」


 清水さんは相変わらず綺麗だと、今でもそう思う。

 でも、前ほど胸がどきどきしないのは気まずさのせいなのか、俺をフッた張本人だという恨めしい気持ちが心のどこかにあるからか。

 ただ、気まずそうに謝ってくる彼女を見ているといつまでもネチネチと恨み節を並べてもいけないなと。


「もう俺は気にしてないから。じゃあ、また」


 振り切るようにそう言って、その場を離れた。

 

 清水さんは何か言ってたような気がしたが、振り返りはしなかった。

 心のどこかで清水さんと話せてホッとしている反面、これ以上彼女の話を聞きたくないという思いもあった。

 何を言われても俺をフッた人なんだ。

 これから友達に戻ろうなんて、そんなのは無理だとわかっているし。

 第一俺にはもう日葵という彼女がいるんだから。

 清水さんに拘る理由はどこにもない。


 一目散に教室に駆け込んで、席についてそんなことを考えていると柳がニヤニヤしながら寄ってくる。


「今日もラブラブで登校してたな」

「見てたんなら声かけろよ、悪趣味だぞ」

「いやいやそうしようと思ったんだけど」

「だったら」

「……日葵ちゃんって、どんな子なんだ?」


 柳はさっきまでの緩んだ表情を曇らせながら、そんなことを聞いてくる。

 

「なんだよ、人の彼女にまで興味あるってか?」

「そうじゃねえよ。いや、別に変なこと何もないんだよな」

「ないよ。グイグイくるから押され気味だけど、まあ俺にはそんな子の方がいいのかなって」

「そっか。ならいいんだけど」


 じゃあお幸せに。

 柳はまたニヤつきながら俺のもとを去った。


 しかし柳がいなくなった後、今度はクラスの連中がジロジロと俺の方を見てくるのがわかった。

 多分日葵とのことで妬んでいるのだろう。

 まあ羨ましがられるなんて経験は過去に一度もないので、気まずい反面少し優越感というものも覚える。

 柳はいつもこんな気分なのかと思うとやっぱり羨ましいが、そんな気持ちを皆が俺に抱いているということか。


 なんとも落ち着かない状況のまま、やがて授業が始まる。

 昨日ぐっすり眠ったおかげか今日は眠気が襲ってこず。

 だから時間がゆっくり流れる。


 退屈な授業とつまらない先生の雑談を聞きながらしばらくはのんびりと。

 途中、校庭の方でキャッキャ騒ぐ女子の声に何気なく目を向けると、どうやら一年生が体育の授業ではしゃいでいるようだ。


 すると、女子の集団の中の一人がこっちを見ているのがわかった。

 ……日葵だ。


 俺の教室は二階だけど、しっかり俺の方を見上げている彼女と目が合った。


「せんぱーい!」


 そして当然、彼女は俺を呼んで手を振る。

 すると周りの女子が日葵に群がってちょっとした騒ぎに発展して。

 皆がこっちを見始めたので慌てて体をすっこめて目を伏せた。


 こういう時、手を振り返すくらいした方がよかったのだろうかと反省したが、元々そんなキャラじゃない俺にそこまで気の利いたことはできないし。

 無視したわけじゃないんだよって後で謝ろうとか、さっき日葵が俺を呼んだことをクラスの連中は気づいてるんだろうかとか、色んなことを考えているといつの間にか授業は終わっていた。


 休み時間。

 俺の予想の一つはどうやら当たっていた。


「おい、日葵ちゃんお前のこと呼んでたな」


 また、嬉しそうな柳が俺をからかってくる。

 しかし暇な奴だ。


「ああ、たまたま目が合ったからな」

「しかしどう見てもお前とあの子じゃバランス悪いよなあ。美女と野獣って言うにはお前は獣っぽくないし。美女とかかしってとこか」

「誰がかかしだ。ていうかお前は彼女作らねえのか?」

「おっと、城崎に心配されるようになったんじゃあ俺もいよいよだな。ま、好きな奴はいるけど」

「いるんだ。ちなみに?」

「言わねえ」

「なんでだよ」

「別にいいだろ俺の話は。ま、学校でいちゃつくのもほどほどにしとけよ」

「お、おい」


 なんかお茶を濁した形で柳はさっさと教室を出て行った。

 からかわれ損泣きもしたが、まあいいか。


 モテるけど特定の彼女をつくらないタイプの柳だが、好きな人がいるというのはちょっと意外だったけど。

 でも、あいつが好きになるような子ってどんな子なんだろう。

 それも俺に言えない子って……。


「せんぱい」

「わっ! ひ、日葵? どうしてここに」


 当たりもしない素人推理を今まさに脳内で展開しようとしたその時、視界に日葵の顔が入り込んできた。


「せんぱいのお顔が見たくて飛んできました。あの人と仲良しなんですか?」

「あ、ああ。柳っていうやつで」

「へー、柳さんですか。ふーん」

「な、なんだよ。あいつが男前だから気になるのか?」

「ふふっ、そんなわけないじゃないですか。私はせんぱいの方がかっこいいと思いますし」

「……そっか」

「またヤキモチですか? せんぱいって結構嫉妬深いんですねー」

「べ、別にいいだろ」

「かわいい。慌てるせんぱいもかわいいです。はむっ」

「ひゃっ!?」


 耳を。

 かぷっと甘噛みされた。

 その瞬間、クラス中がざわついたが日葵は気にも留めず。


 手を振りながら「また昼休みに来ますね」と言い残して姿を消した。


 

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