第10話 寝てる間に
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生まれて初めてキスをした日の夜は、想像以上だった。
ねっとりと絡みつく柔らかい感触が忘れられず、あの時の日葵の顔とキスの感触を思いだすたびに股間が熱くなり、眠気は吹き飛び、何かをする気力さえ沸いてこない。
もっとしたい。
そう思うことは男子として普通なのだろうけど、ここまで興奮してしまうのは俺が童貞が故、なのか。
あの時の俺は変な顔をしてなかっただろうか。
日葵は本当に俺の為になんでもしてくれるのだろうか。
いろんなことが頭の中を駆け巡る。
深夜になり、テレビはつまらないニュースだけが流れている。
それを見ても、何も内容が頭に入ってこない。
「……キス、したい」
暗い部屋の中でそんな独り言をつぶやいて。
口に出るほどそんな願望を抱いている自分がやがて恥ずかしくなって。
無理やり布団にもぐりこんで目を閉じた。
◇
朝。
「ぴんぽーん」
今日は玄関のチャイムが鳴ったわけではなく。
玄関の向こうで誰かがふざけてピンポンと口にした声が聞こえる。
また、眠れなかった。
一晩中キスのことを考えていたら朝だった。
「せんぱーい、あけてくださーい」
こんな状態で日葵の顔を見て、果たして俺は理性を保てるのか心配になりながらも、一呼吸おいて玄関に向かう。
そしてゆっくり扉を開けると、そこにはなぜか制服ではなく私服姿の日葵が。
「おはようございます、せんぱい」
「あ、ああおはよう。え、今日学校は?」
「せんぱい、昨日から疲れてる感じでしたから今日はお休みしちゃいましょ?」
「や、休むったって……別に体調悪いわけじゃないし」
「いいえ、目の下のクマがすごいことになってます。寝不足は身体に毒ですから。今日はゆっくりしましょ」
学校には連絡しておきましたので。
そう言って日葵はさっさと部屋に上がり込んでくる。
「ま、待て待て」
「なんですかあ?」
「いや、俺が休むのはまあわかったとして、お前も休むのか?」
「はい、だってせんぱいのお世話をしないとでしょ?」
「お世話って……そんなことで休んでいいのか?」
「いいんです。せんぱいのいない学校に行く理由なんてありませんから」
だから今日はずっと一緒ですよ。
そう言われて、少しばかり胸がドキッとなったのはずる休みを決めた背徳感からか、それとも。
寝不足とあって頭の整理がつかないまま日葵の言う通りに物事が運んでいく。
そしてベッドに腰かけた日葵は枕元をとんとんと叩いて俺を手招く。
「せんぱい、私が看ててあげますからゆっくり寝てください」
「こ、子供扱いするなよな」
「大人でも可愛い彼女の添い寝は興奮しますよ」
「……まあ」
そうだけど。
そういうことじゃなくて。
でも、うまく言葉が出てこないまま、俺は布団にもぐりこむ。
すると日葵は俺の頭を優しくなでて、その後で手を握る。
「私の手、あったかいでしょ。落ち着くと思うんです」
「どうして俺が寝不足だって、知ってたんだ?」
「せんぱいのことだからキスの余韻に縛られて眠れずに悶々としてたんじゃないかなって思って。図星でしょ?」
「……寝る」
図星だった。
あまりに的確すぎて何も言えなかった。
でも、確かに日葵の手はあたたかくて握っていると緊張がほぐれていく。
そして段々と眠気が襲ってきた時に日葵が俺に向かって何か言ったような気がしたけど、聞き取れないまままどろみに落ちた。
♥
「せんぱい、お身体拭いてあげますね」
もう、聞こえてないか。
でも、従順なせんぱいもかわいいです。
さてと、まずは上からですね。
わあ、結構いい身体してる。
素敵……ちょっと触ってみようかなあ。
……起きない。
ぐっすり眠ってますね。
ふふっ、じゃあもう少しだけせんぱいを堪能させていただきます。
失礼しまーす。
♠
「う……ん?」
「おはようございます、せんぱい」
「あ、ああおはよう。今何時だ?」
「お昼の二時です。ご飯、できてますよ」
日葵が家に来たのは午前七時頃。
つまり俺はあれから七時間近くも寝ていたというわけか。
これなら学校を休んで正解だったかもなと、重い頭を起こして机を見ると肉じゃがや味噌汁が並べられていた。
「……なんか毎日悪いな」
「いえいえ。せんぱいの奥さんになった気分で楽しいです」
「でも、明日からはちゃんと学校行こうな。二人そろって休んでたら何言われるか」
「言わせたいんですよ」
「え?」
「さて、冷めないうちにどうぞ」
「あ、ああ」
何かぞっとすることを言われた気がしたが気のせいだろうか。
でも、相変わらず笑顔を崩さない日葵はさっさと奥のキッチンに行ってしまう。
考えても仕方ないかと、俺はゆっくり布団から出た。
その時だった。
「……ん?」
やけに下半身がスース―すると思っていたが、なぜか履いたはずのスウェットが脱がれていて、下はパンツ一枚。
暑くて脱いだ、のか?
「なあ日葵」
だとすればひどい寝相を晒したものだと、彼女に寝ている時の俺がどんなだったか聞こうとしたが、応答はなく。
トイレにでも行ったのだろうか。
俺は慌ててスウェットを履き直して彼女が用意してくれた料理に箸をつける。
相変わらずうまい。
俺にはもったいないくらいに抜群の女子力だ。
飯はうまくて俺の為になんでもしてくれて、その上可愛いとくればもう贅沢はいえまい。
ほんと、俺もどうしちまったんだろうなあ。
「せんぱい」
余りある幸運に対し、反動がくるのではとむしろ不安すら覚えていた時、日葵が部屋に戻ってくる。
「あ、ああどうした?」
「せんぱい、クラスとかで仲のいい女の人っています?」
「急になんだよ。浮気なんかできるほど俺は器用じゃないぞ」
「わかってますよ。でも、親しい異性くらいはいるかなって」
「……いない。強いて言えば最近清水さんと仲良くなれたのが唯一くらいだ。だから勘違いしたんだろうけど」
「なあんだ」
「なんだよその言い方は。いた方がいいっていうのか?」
「いえいえ、でもそういう人ができたら報告くださいね」
「やっぱり疑ってるじゃんか。まあ、隠し事はしないよ」
「約束ですよ?」
「ああ、約束だ」
一体何の話だと首をかしげたが、まあ好きな人の浮気を疑うのもしょうがない年頃なのかなと。
俺だって清水さんの好きな人って誰だよって、今でも心のどこかでそんな引っかかりがないわけじゃない。
誰だって自分だけを見てほしいものだ。
だから俺も日葵を不安にさせないように彼女のことだけを考えよう。
「……俺は浮気とかしないから安心してくれよ」
「きゃっ、せんぱいかっこいい」
「本気だよ」
「はい、知ってます。じゃあ私、一度家に帰るんでまた連絡しますね」
「ああ、わかった」
食器はそのまま置いといてください。
日葵はそう言ったあと、すぐに部屋を出て行った。
その時、またしても日葵が何か言ったような気がしたが、やはり聞き取れなかった。
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