第7話 まだ二日目の出来事
「せんぱい、迎えにきましたよ」
放課後まではあっという間。
というのも、午前中眠り続けたくらいでは徹夜の疲れは癒えず、結局午後も寝っぱなし。
まあ、これは眠かった以外に寝て嫌なことを忘れようとしたからでもあるが。
そして放課後を告げるチャイムで目を覚ましてゆっくり下校準備をしていると日葵がやってきた。
「せんぱい、今日部活はいかないんですか?」
「今日は疲れたから帰る。お前は?」
「せんぱいがいかないならいきません。一緒に帰りましょ」
「ああ」
さっさと教室を出たかったこともあって、俺はすぐに席を立って外に。
まだ残っていたクラスメイトの数人の視線が怖かったのだ。
やはり眠って現実逃避したところで状況が好転するはずもない。
さて、明日からどうしたものか。
「なあ日葵」
「玄って呼んでください」
「え、ええと、玄?」
「はいせんぱい。なんですか?」
「あのさ、俺はちゃんとお前と付き合うつもりでいるんだ。だから変に心配とかするな」
今日の日葵の行動は、きっと俺がまだ彼女のことを好きかどうかわからず不安だったがゆえに起こったことなのだろうと俺は推測した。
まだ清水さんに未練があって、日葵と付き合ったのは押し切られたから仕方なくと、俺がそう思っているんじゃないかと彼女は不安に思ってるんだろう。
まあ、間違いでもないけどそこまで俺も軽い男じゃない。
確かに清水さんのことは好きだったし、日葵と付き合おうと思ったのは向こうからグイグイ来られたからであって、先に俺が彼女に惚れたからではない。
でも、日葵とは元々仲が良かったわけで前から可愛いとは思っていた。
だからそんな子が彼女として俺を好きだといってくれることに喜びを覚えないはずもない。
素直に嬉しいし、少し浮ついているまである。
それをわかってほしいのだけど。
「ふーん、じゃあせんぱいはもし仮に清水さんが付き合おうって言ってきても私を選んでくれるんですね?」
「も、もちろんだ。ていうかそんなあり得ない話をされても」
「ないとは限りませんから。ちゃんと念押ししとかないと」
「……あり得ないよ」
どっちの意味で言ったのか、それは俺自身よくわからなかった。
でも、間違いなく言えることは清水さんが俺に告白なんてことはあり得ないってこと。
昨日、俺はフラれたんだ。
好きな人がいるって、そう聞かされたんだ。
今日は彼女の姿も見ていないけど、もしかしたら意図的に避けられているのかもしれない。
そんなことを考えるとまた気分が暗くなってくる。
未練がましいと思われるかもしれないが、失恋の傷はそう簡単に癒えるものではないのだ。
「……はあぁぁぁぁ」
「あ、やっぱり未練たらたらじゃないですか」
「い、いやすまん。でも、さすがにフラれたショックはすぐには」
「彼女にフラれたおかげで私と付き合えたって思えばいいじゃないですか」
「……まあ、そうだけど」
もう一度大きく息を吐いた後、ニコニコしながら俺をからかう日葵を見て少しだけ反省する。
そう、俺は清水さんにフラれた代わりに日葵という可愛い後輩と付き合うことになったんだ。
なのにいつまでも落ち込んでいるのはあまりにも失礼だ。
「……すまん玄、ため息なんて失礼だよな」
「いえいえ、せんぱいの心の傷が深いのは承知ですから」
「お前って、ほんといいやつだよな。うん、俺ももう清水さんのことは忘れるから、改めてよろしくな」
「はい、こちらこそですよ」
ほんのりと頬を赤らめながら日葵が俺の元にススっと寄ってきて、手を握ってくる。
今朝は恥ずかしいと思ったが、こうやって俺を好いてくれる彼女の気持ちが今は嬉しくて、俺も少し強めにその手を握り返す。
「せんぱい、私のことを知っても幻滅しないでくださいよ」
「はは、しないよ。玄はいい子だから」
「言いましたねー? 約束ですよ?」
「ああ、大丈夫だ」
「うん、それを聞けて安心しました」
そんな他愛もない会話をしながら。
その後は無言で、ゆっくりと学校を出て気が付けば自然と俺の住むアパートに足が向いていた。
◇
「ただいま」
日葵を連れて部屋に戻ると、彼女は我が家のように勝手に風呂場に向かいお湯を溜め始める。
「おい、また風呂に入っていくのか?」
「せんぱいの為に溜めてるんですよ。準備できたら入ってください。その間に夕食の準備しておきますから」
流れで一緒に家に帰ったものの、夕食の話どころか家で何をするかも決めていなかった俺に対して、日葵はどんどんと段取りを決めて話してくる。
今日の夕食はハンバーグだそうだ。
そして夕食を食べた後は一緒に野球を観てのんびりしようと。
風呂場から出てきた日葵は次に台所に立ち、せっせと夕食の支度に移る。
「なんか悪いな。俺も手伝うよ」
「いいですよ、それよりせんぱいはゆっくりしててください」
「そう言われてもなあ」
「男はどんと構えててください。亭主関白なの、嫌いじゃないですから」
「そ、そっか。じゃあお言葉に甘えて」
付き合ってからはまだ二日目だけど、そうなる前から日葵は本当に献身的に働いてくれている。
どうしてそこまでしてくれるのか、という問いに対して以前は「後輩ですから」という回答だったが、今は「彼女ですから」と嬉しそうに答えてくれる笑顔に癒されて。
俺は部屋で優越感に浸りながらのんびりと風呂が沸くのを待った。
「せんぱーい、お風呂沸きましたよ」
「ああ、ありがと」
ほどなくして日葵に呼ばれて、部屋を出るとキッチンからいい匂いが。
「おお、うまそうな匂いだな」
「でしょ? せんぱいの好きそうな味にしてますから。でももう少しかかるのでゆっくり入ってきてくださいね」
「うん、ありがとな」
何度も言うが、まだ日葵と付き合って二日目である。
しかしもう長年連れ添ってきた彼女のような雰囲気すらある。
ここまで尽くしてもらって本当にいいのかという申し訳なさすら感じながら、俺は脱衣所で服を脱いでたっぷりに張られたお湯に肩までつかる。
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