第6話 君に好きだと叫ばせたい

「おい城崎、お前日葵と付き合ってんのか?」


 ホームルームの後。

 教室で俺にそう聞いてくるやつがいた。


「……まあ」

「まじか? すげえじゃん、大金星だぜそれ」


 俺のようなひょろっとした頼りないその辺にいそうなモブ男子が学年で一番とも言われる可愛い後輩女子と付き合えたことは確かに奇跡的だという自覚はある。

 しかしそれを他人からやばいことのように扱われるのには少しばかり苛立ちを覚えてしまう。

 普段温厚な俺を苛立たせる張本人。

 それは唯一ともいえる友人である柳三太やなぎさんた


「おい柳、俺だって好きになってくれる子の一人くらいいるんだよ」

「へー、言うじゃん。でもお前、昨日清水さんとデートって言ってなかったか?」

「い、いや、それはだな」

「もしかして浮気か? やるねえ」

「ち、ちがう。日葵と付き合ったのはその後だ」

「じゃあ清水さんと遊んでおいてから後輩に手を出したってわけだ。やるねえ」

「だからそうじゃねえって」


 柳はいつも調子がいい。

 きりっと目つきは鋭いがイケメンで、放課後は常に何人かの女子と遊んでいるようなチャラ男のくせに生まれ持った社交性のおかげか敵は少ない。

 そんなこいつにだけは言われたくないことを次々とからかわれて。

 俺はまた苛立った。


「もういい。ほっといてくれ」

「あ、怒った。ま、とりあえず今度お前の初カノジョゲット記念祝いしようぜ」

「なんだそのよくわからんお祝いは」

「いいからいいから。じゃあな」


 柳とは中学の時からの腐れ縁だが、どうしてこんなに毎日話をするようになったかは覚えていない。

 まああいつからすればモテない俺を傍に置いている方が自分が引き立つから都合いいんだろうくらいに思っていたけどそうでもないみたいだし。

 相変わらずつかみどころのない奴だなあと思いながら柳が席について女子が群がる光景を見てほんの少しだけ羨ましくなりつつ、机に突っ伏して寝ることにした。



「おはようございます、せんぱい」


 誰かの声がした。

 そして意識が戻る。

 どうやら眠っていたようだ。


「ん……ん?」

「何ですか不思議そうな顔して」

「ひ、日葵? どうしてここに」

「昼休みですよ。約束通り来ちゃいました」


 目の前には日葵の相変わらずな笑顔が。

 そして彼女の肩口から見える時計は十二時過ぎを指していた。

 どうやら昼休みまでずっと眠っていたようだ。徹夜の反動だなと反省しながら、日葵との約束とやらを思い出す。


「……ほんとにここで昼飯食べるのか?」

「はい、だって私、せんぱいのですから」


 彼女、というワードを強調するように言うと、それを聞きつけたクラスの連中が一斉に俺の方を見る。

 見る、というよりは睨む、と言った方が正しいかもしれない。

 なんでお前みたいなやつが日葵玄と仲良くしてるんだと、口にこそせずともその訴えはひしひしと伝わってくる。

 だから胃が痛む。


「なあ、やっぱりべつのとこで」

「ダメです。それともせんぱいは私と付き合ってることを誰かに知られたくないんですか?」

「そ、そういうわけじゃなくてだな」

「じゃあこの話は終わりです。さて、お弁当作ってますので食べてください」

「え、弁当?」


 昼食は毎日購買のパンを買ってきて食べていたのでてっきり一緒に買いに行くのかと思っていたが、どうやら今日はお弁当まで用意してくれてるそうで。

 せっせと包みに入った箱を二つ取り出すと、日葵は「愛情たっぷりですからね」と。


 また大きな声でそんなことを言うもんだからクラスメイトの冷たい視線に一層力がこもるのがわかる。

 ただ、それ以上に日葵からの圧力がすごい。

 終始にこにこしているのに、全然俺の話を聞こうとしない彼女に押し切られる形で、俺は彼女から弁当を受け取った。


「……ありがとう、いただきます」

「はい、召し上がれ」

「……うまいな、ほんと」

「ほんとですか? よかったー、いっぱい食べてくださいね」

「あ、ああ」

 

 卵焼きやウインナー、佃煮に唐揚げまでみっちり入ったおかずはどれも抜群に美味しくて、結局気まずさよりも空腹を満たす方が勝ってしまい黙って弁当を食べていると日葵がまた話しかけてくる。


「ねえせんぱい」

「な、なんだよ」

「せんぱいは私のこと好き?」

「きゅ、急にどうしたんだよ」

「彼女なんだから好きっていってほしいなって」

「い、今じゃなくてもいいだろ」


 グイッと顔を近づける彼女を避けるようにのけぞりながら、俺は目を逸らす。

 すると逸らした視線の先で数人の男子と目が合った。

 皆すごい形相だ。

 こんな状況で日葵に好きだのなんだのと言えるはずもない。

 そんなことをすれば今日から俺はクラスでの居場所を失いかねない。

 それだけ日葵の隠れファンが多いということだ。


「……か、帰ったら言うから」

「ダメです。今ここで訊きたいんです」

「な、なんで?」

「んー、せんぱいの本気度を見たいなあって」

「ほ、本気度って……俺は別に軽い気持ちで付き合ったわけじゃ」

「じゃあ言ってください」

「……」


 日葵は可愛いだけでなく口も達者で頭もいい。

 だからいつも頼ってばかりだったのだけど、そういえば彼女と議論になったりした時はいつも俺が言い負かされてきた。

 そして今も。

 もう、断る理由が見つからなかった。


「……好きだよ」

「え、聞こえません」

「す、好きだ」

「んー、もう一声」

「……好きだ!」


 半ばやけくそだった。

 必要以上に大声で、それこそ廊下にまで響き渡る声で好きだと叫んだ。

 叫ばされた。

 これで勘弁してくれと言わんばかりの悲鳴にも似た、そんな乾いた叫びだった。


「よく言えました。うん、それ訊いて安心しました」

「……死にたい」

「えー、私と付き合ったこと後悔してますー?」

「……そうじゃないけど」

「ふふっ、せんぱいって可愛いですね。じゃあまた放課後迎えにきますねー」


 さっさと弁当を片付けると、日葵はクラスの連中のことなど眼中にもない様子で教室を出て行った。


 その瞬間、俺は肩の力が抜けて椅子にもたれかかって天井を見上げる。

 もう、何が何だかすぎて俺もクラスの連中の様子を気にする余裕なんてないまま。

 この日はずっと誰かの視線を感じながら窮屈な午後を過ごすことになった。

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