第5話 開演

「せんぱい、なんか視線感じますね」

「日葵を見てるんだろ。人気なんだろお前?」

「さあ。せんぱい以外の人からの評価なんて興味ないですよ」

「そ、そうか」


 朝。

 アパートから少し歩いて大通りに出ると、その先に我らが学び舎の姿が見える。

 ぞろぞろと登校する生徒たちの群れに紛れて。

 いつもなら寂しく一人で学校に向かうところが、今日は隣に日葵がいる。

 彼女と学校で会うのはいつも部活の時くらいで、こうして一緒に登校するのも始めてというか、誰かと一緒に学校に行くことがそもそも稀なので妙な気分だ。


「ねえせんぱい」

「なんだ?」

「手、繋いでいいですかあ?」

「い、いやそれはさすがに」

「はずかしい?」

「……はずかしい」

「きゃはっ、かわいいですね。でもだめー」

「お、おい」


 すり寄ってきた日葵は俺の指の隙間に彼女の細い指を絡ませてくる。

 スルッと指が入り込む感触に背筋がぞわっと。

 そしてはしゃぐ日葵の声に大勢の生徒が一斉に振り返っては白い目で俺を見る。


「……バカップルみたいに思われてるぞ」

「いいじゃないですか。カップルなのは間違いないですしー」

「お、お前のファンとやらが俺に文句言ってきたりしないよな?」

「えーそんなのないですよー。でもー」


 わざとらしく体をよじらせて、肩口から俺を見上げて笑う彼女は少し大きめな声で。

 周りの連中に聞こえるくらいの声で、笑顔のまま言った。


「そんな連中がいたらぶっ殺しますけどねー」


 あはは。

 日葵は屈託ない笑顔を俺に向ける。

 でも、俺は少しも笑えない。

 日葵の目が、濁っている。

 口角はあがっていても、目じりは下がっていない。

 むしろ強く睨むような、そんな目をしていた。


「お、おい変なこと言うなよ」

「変なこと? 言ってませんよ」

「そういう発言は冗談でもやめとけっていってるんだ」

「冗談? 冗談なんかじゃないですよ。せんぱいを傷つける人は許しませんから」

「……気持ちだけ受け取っておくよ」


 やっぱり怖かったけど、それだけ俺のことが好きなんだろうと。 

 そう納得してこの話は終わらせた。


 ほどなくして正門に到着。

 すると風紀委員の腕章をつけた男子生徒がこっちに寄ってくる。


「おい、校内でのみだらな男女交際は禁止だぞ」


 今時そんなことがあるのかと思われるかもだけど、うちの学校は案外校則が厳しくて男女交際についても以前は全面禁止だったらしい。

 数年前に生徒数の激減などがあって当時の校長が一部見直しを行ったことで随分と緩和されて交際自体は認められるようになったそうだが、しかし当時から学校の風紀を守っていた風紀委員なるものは今も健在で。

 伝統を受け継ぐ生徒の一部がこうして今でも厳しく取り締まりを行っている。


「あれー、うちはもう男女交際OKでしたよね?」


 悪いことをしてなくても警察がいると少しドキッとするように、俺は何もやましいことがなくても普段から風紀委員の人が苦手だった。

 何もしてなくても服装とかでいちゃもんをつけられるのも怖いし、第一風紀委員の人は皆、いつも険しい顔をしている。


 だからさっさとその場をやり過ごしたかったのになぜか日葵が食って掛かる。


「おい日葵、やめろよ」

「いいえ、せんぱいとのハッピースクールライフを邪魔するのなら私は闘います」

「闘うって……」


 ちなみに今俺たちに注意をしてきているのが誰かは知っている。

 風紀委員の三年生、柴田勝也しばたかつや

 熊みたいな見た目とゴン太眉毛が特徴的な柔道部の主将でもある。

 よく大会で優勝しているらしくいつも朝礼で表彰を受けているので名前と顔が一致するというだけだが。


「おい、何をごちゃごちゃ喋ってる。離れんか」

「いやですー、せんぱいと私の絆は乱暴な力では引き裂けませんからね」

「な、なにを言ってるんだお前は。いいから早く」

「……キャーッ!」

「っ!?」


 急に日葵が俺から離れたと思うと、次の瞬間大声で叫んだ。

 あまりに大きな声だったため、俺も柴田先輩も何事かと。

 そして周囲にいた生徒たちも悲鳴を聞いてかけつけてくる。


「ど、どうしたんだ何があった?」

「おい、あれって一年の日葵ちゃんだよな」

「それに柴田先輩? なんだろなんだろ」


 そして、野次馬が俺たちの周囲を取り囲みだしたその時だった。

 日葵は、これまた大きな声で言う。


「柴田先輩が……私の体を触ってくるんですー!」

「な、なに言いがかりを言ってるんだ。俺はお前が言うことを聞かないから」

「きゃー、また触ろうとしてくるー! 誰かたすけてー!」

「お、おい」


 何度も悲鳴をあげて、周囲もざわつきが大きくなる中、ついに先生までが騒ぎを聞きつけてやってくる。


「おい、何してるんだ!」

「せ、先生違うんですこれはですね」


 やってきた体育教師に弁明しようと柴田先輩が駆け寄ろうとしたその時、先に割って入っていった日葵は、


「せんせー! こわかったよー!」


 そう言って泣きながら先生に助けを求める。


「ど、どうしたんだ日葵」

「先生、柴田さんがセクハラを」

「何!? おい柴田、どういうことだ」

「ち、違うんです先生、これは誤解で」

「とにかく職員室にきなさい。ほら、みんなももう授業だから教室に戻れ」


 敢え無く、柴田先輩は冤罪でお縄についた。

 そして先生に促されて野次馬たちも散り散りに。

 そんな中、一体何を見せられたのかと茫然としている俺のところに涙をぬぐいながら日葵が戻ってきた。


「ひ、日葵?」

「せんぱい、もう安心ですね」

「あ、安心? いや、あんなことして大丈夫なのか?」

「だってあのゴリラ、私たちをみて嫉妬してたに違いないですもん。男の嫉妬ほど醜いものはありませんから」

「……」


 さっきまでの涙は当然ウソ泣きだったのだとすぐにわかるほど、日葵は楽しそうにケタケタ笑いながらそう話す。

 その様子が少し怖かった。

 でも、そんなことを言えるはずもなく、俺たちも教室に戻ろうといって校舎に入っていく時に日葵が俺の後ろで何かを呟いた気がしたのだが、振り返った時にはニコニコした彼女の笑顔しかなく、それはどうやら空耳だったようだ。



 あースッキリ。

 風紀委員大っ嫌いだったしいい気味だったなあ。

 あのゴリラ、私のことジロジロみてくるしほんときっしょ。

 まじ死ねって感じだけど、まあしばらくは大人しくなるでしょ。


 えへへっ、せんぱいとこれで気兼ねなくイチャイチャできるなあ。


「今日からじっくり楽しみましょうね、せんぱい♥」

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