第4話 隠し味
好きな子にフラれたその日に人生初の彼女ができるというある種の奇跡体験をした俺はやはりその日は眠れなかった。
本来清水さんにフラれた悲しみによって涙で枕を濡らす夜を過ごすはずだったのだがこの夜はなんとも複雑な心境だった。
なにせ女子と付き合ったことがない俺に彼女ができたのだ。
それも学校で大人気の超かわいい後輩女子。
日葵玄。
昨日までは先輩後輩の関係だった彼女と明日からは彼氏彼女として接するわけで。
でも、どうすればいいのか全くわからない。
経験のない俺がいくら悩んでもネットで似たようなことに悩む連中の質問を覗いても結局結論なんてでるはずもなく。
途中、くだらない動画を見ながら気を紛らわし、また悩んでというサイクルを何度も繰り返しているうちに、外が明るくなってしまった。
『ぴんぽーん』
窓からうっすら朝日が差し込んできて、やばいと焦っていたその時に玄関のチャイムが鳴る。
ようやく眠気が襲ってきたが、今寝ては完全に遅刻だとわかっているのでのっそりと布団から出て玄関へ。
徹夜のせいか頭が働かず、何も考えなしに扉を開けるとそこには可愛らしい女の子の眩しい笑顔があった。
「おはようございます、せんぱい」
「あ、日葵……お、おはよう」
「あれー、寝不足ですか? もしかして、ドキドキして眠れなかったとか?」
「あ、いや……まあ、そんなところだよ」
いつも通りの、制服姿の後輩がそこにいた。
でも、彼女との関係はこれまで通りではない。
俺たちは昨日、付き合ったんだ。
「え、ええと。まだ早いしあがるか?」
「はい、お邪魔します」
昨日初めてきたはずなのに随分と慣れた様子で家に上がり込む日葵は部屋のベッドに小さなお尻を乗せると「あ、まだあったかい」と言いながら俺を見て微笑む。
「せんぱいのベッド、ふかふかですね」
「ま、まあ。中学の時に腰を痛めたから寝具は気を遣ってるんだよ」
「へー。でもこのベッド大きいから二人でも充分寝れそうですね」
なんちゃって。
日葵は悪戯な笑顔を向けながらそんなことを言って俺の心を揺さぶってくる。
もちろんからかっているのだとわかっているけど、付き合った以上はそのうち同衾する日がくるのかもしれないと。
そんな期待感を持たされて俺は黙り込む。
「……」
「せんぱい、今えっちなこと考えてたでしょ」
「か、考えてないよ」
「別にいいのに。それよりまだ早いし何かします?」
「な、なにかするっていってもなあ。とりあえず朝飯でも食べるか」
「じゃあ私が作りますよ。せんぱいはテレビでも見ててください」
「それは悪いよ」
「いいんです。私がしたいんですから」
日葵は、そんな会話をする間もずっと嬉しそうに喋っている。
その様子からも、彼女が昨日俺に好きだといってくれたことが嘘でも冗談でももちろん同情ですらない本音なんだと、伝わってくる。
だからここは任せようと。
日葵と付き合おうと決めたのは俺だし、いつまでもごちゃごちゃ考えている方が失礼な話だ。
せっかく可愛い後輩彼女ができたんだから、その手料理をおいしくいただくことにしよう。
「じゃあ任せたよ。ちなみに何作ってくれるんだ?」
「せんぱいは何が食べたいですか?」
「んー、そうだなあ」
「私、とか?」
「お、おい」
「冗談ですよ。あるもので適当に作りますね」
いちいち俺をからかわないと気が済まないのか、返事に困ることを言ってから彼女は台所に立つ。
そんな彼女を横目に俺はさっきまで彼女が座っていたベッドに腰かけてテレビをつける。
ほんのり彼女の体温が残っているその場所に少しドキドキした。
それに昨日もそうだが今は女子と部屋で二人っきり。
昨日こそ、清水さんにフラれた直後とあって、変な気よりも理性がまだ勝っていたが。
今はどうだ。
寝れはしなかったが一晩を経て若干フラれたショックも和らいでいる。
だからなのか、無性にいけないことばかりが頭をよぎってくる。
今、可愛い彼女が台所にいる。
俺のために料理を作ってくれている。
そんなことを考え出すうちにいてもたってもいられなくなる。
「せんぱーい」
「あ、え、どど、どうした?」
「なにきょどってるんですか? あれれ、もしかしてまたいやらしいこと考えてました?」
「ま、またってなんだよ。別にそんなんじゃない」
「ふーん。それより卵は手前のからでいいんですか?」
「あ、ああ。おととい買ったやつだから大丈夫だよ」
「はーい」
日葵は俺が妄想世界に引きずられていくのがわかっているのだろうか。
いつも絶妙なタイミングで俺の目を覚ましてくる。
顔に出てるのかなあ……。
スマホの画面に自分の顔を映して、まるでナルシストのように何度も顔を見ておかしなところがないか確認していると、「せんぱいって案外自分が好きなんですね」と言いながら日葵が部屋に戻ってきた。
「あ、いやこれは」
「ふふっ、冗談です。それより朝ご飯、できましたよ」
「ああ……こ、これは」
日葵が台所に立ったのはほんの十分程度のこと。
しかし目の前にはご飯、味噌汁、目玉焼きにサラダまでと俺がいつも一人で食べる粗末な朝食とはくらべものにならないほど豪華なラインナップが。
「こ、これを全部今作ったのか?」
「はい。召し上がってください」
予期せぬ豪勢な朝食に戸惑いながらも、ゆっくり手を合わせてから箸をつける。
「……うまい。うまいよこれ、めっちゃうまい」
「ほんとですか?」
「ああ、味噌汁も目玉焼きもなんでこんなにうまいんだ?」
インスタントの味噌、それにシンプルに焼いただけの目玉焼きなのに俺の体に染みてくるような絶妙な味加減で、一心不乱に食べ進めてしまう。
どうしてそんなありきたりなものがここまで化けるのかと不思議でたまらなかったが、その疑問への答えは簡単に打ち明けられた。
「ふふっ、それはせんぱいへの愛情がたっぷりだからです」
だそうだ。
「そ、そうか」
「おかわりはいいですか?」
「う、うん。もっと食べたいけど朝だしこれくらいにしとくよ」
「はい。では片付けてきますね」
「ご、ごちそうさま」
あいた食器を日葵はゆっくり片付けて。
そしてすぐに洗い終えるとまた部屋に戻ってきて俺の隣に座る。
また、緊張が走る。
「ふふっ、せんぱいに喜んでもらえてよかったあ」
「う、うん。あの、もう少ししたら学校だな」
「ねえせんぱい、今日のお昼も一緒に食べましょうね」
「あ、ああ。でもどこで食べるんだ?」
「せんぱいの教室に行ってもいいですか?」
「い、いいけどいいのか? 上級生のクラスなんて気まずいだろ」
「いいえ、せんぱいがいれば別に。じゃあ着替えたら学校向かいましょう」
私は風呂の掃除でもしてますから。
そう言って日葵は部屋を出る。
その間に俺は制服に袖を通し、学校のカバンを持って部屋を出ると玄関先で彼女が手を後ろに組んでニコニコしながら待っていて。
そんな可愛らしい様子の彼女に思わず頬を緩ませながら、一緒に部屋を出た。
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