第17話 ベアの記憶 1

 そこは今までいた庭ではなく、どこかわからない森の中だった。


 日本とはまた違った木々が生い茂り、日本でよく見る杉や檜などはまったくない。


 その森の中に一人の美しい女性が立っていた。


「あれは……ベアか? おい、これはどういうことなんだ?」


 先ほど会ったベアよりも少し幼い感じがするが、どこかあどけない表情を浮かべたベアは森の中でにこやかにダンスの練習を始めた。


 その姿はとても楽しそうで、踊るのが本当に好きなようだ。

 額から流れ落ちる汗が光る。


 先ほどの子とは別人のように目を輝かせている。

 思わずその姿に見とれてしまい、時間が過ぎるのも忘れてしまう。

 そして、ベアは天を仰ぎ、静かに踊り終わる。


「ベア! すごいな。まるでプロみたいだったよ!」


 彼女は僕を無視したまま、舞台終わりのように頭をゆっくりと下げる。


「おーい、聞いてるかい?」

 僕は彼女に触れようと手を伸ばした。だがその手の先には身体が触れることはなく通り抜けてしまった。


「嘘だろ……僕が幽霊になっちまった」


 ベアには僕が見えていないようだった。

 これは……記憶の世界なのか?


 ベアが少し若く、彼女に身体がある。

 こうなったら、この成り行きを見守るしかない。


「さて、そろそろ戻ろうかな」


 ベアは軽く汗を拭くとそのまま森の中を歩き出した。


 どうすることもできない僕はそのままベルの後ろを歩いていくことにする。

 しばらく進んで行くと先ほど見た大きな屋敷があった。


 僕が見た屋敷と違うのは、庭に咲いている花が違うくらいだろうか。こっちの庭には色とりどりのバラが咲きほこり、バラの迷路のようになっていた。。



 その庭の中を進んでいくと庭では庭師が木の選定をしているところだった。


「おかえりなさいませ、お嬢様。今日も森の中での特訓ですか?」


「えぇ、森の中の空気が私に力をくれるのよ。ジョン、今日も庭の花がきれいね。あなたのおかげで今日も私の心は癒されるわ」


「お嬢様にそう言って頂けるだけで、仕事に精がでるってもんです」


 庭師の男性はベアに頭を下げる。

 ベアはそのまま屋敷の中にへと入っていく。


 屋敷の中にはベアが描かれたあの大きな絵が飾られていた。

 僕が絵を見ていると、ぐにゃっといきなり場面が変わった。


「ベア! あなたまた一人で森へ入ったって本当なの!? 森は危険な魔物がいるからダメだって何度も言ってるでしょ!」


 ベアの母親だろうか? 顔立ちがベアにすごく似ている。


「わかってるわよ! でも、私だって子供じゃないんだから。この銀色の呪われた髪の毛のかわりに私は力を手に入れたの」


「そんなこと言わないで! あなたのその力は希望の力なんだから」

「希望の力……そうよ! 希望の力よ、だから私が証明してあげる。希望だけじゃなくてちゃんと使える力だってことを!」


 ベアはそのまま家を飛び出して森の中へ入っていく。


「お母様のバカ! 私だってもう一人前の魔法使いなんだから!」


 森の奥へ進むと空は木々に覆われ太陽の光を遮る。

 さらに、奥に進んで行くと何かあからさまに僕でもわかるくらい空気が変わる。


「ほら、大丈夫じゃない! 私だって森の奥まで来ても平気なのよ!」


 ベアが大声で叫ぶ、だけど、そのベアの後ろから1匹の大きな兎がベアを狙っているのを見つけてしまった。その兎は大きな猪くらいあるだろうか。


 別の世界だとは聞いていたが、まさか本当に全然違うらしい。


「ベア危ない! 後ろだ!」


 もちろん、僕の声はベアには届かない。

 兎は音を立てずに少しずつ近づいていく。


 そして残り10mまで来た時……やっとベアが気が付くが、兎も大きく飛び跳ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る