第16話 絵の中の異世界
絵の中に入ると、オシャレな庭のような場所だった。
美味しそうなクッキーが並べられ、浮かび上がったポットが人数分のカップに紅茶をいれているところだった。
絵の中のはずなのにダージリンの紅茶とこんがり焼かれたバターの香りがする。
「さぁそんなところにつっ立ていないで座ってくれ。大丈夫だ。この世界には私たち以外誰もいないし、見られることもないからな」
すでに丸いテーブルにベアとゆかは座っていた。
ゆかはふわふわせずにまるで実体があるようだった。
「ゆか……その身体は?」
「あっこの世界だと、私も実体を持てるようになるんです。まぁ正確には実体ではないんですけどね」
「まぁ、人間にその内容を話したところで理解は難しいだろう。それよりも知っているか? 紅茶は60度から70度が一番おいしい温度なんだぞ。冷めないうちに飲んでくれ」
「はっ……はぁ」
「なんだその気の抜けた返事は? 人間がこの絵の中に入るなんて光栄なことなんだぞ。過去にここへ入れたのはほんの数人なんだからな」
ベアはどこか遠くを見つめ、少し懐かしむように口元を緩ませ紅茶に口をつけた。
「さぁ飲んでみろ」
僕はゆっくりと席について、びくびくしながら紅茶へと口をつける。
「……美味しい」
「そうだろ? 最高級のお茶葉を準備してあるからな」
紅茶には渋みも少なく、口から鼻をぬけていく香りは何とも言えない素晴らしいものだった。危険があるかと思っていたが、どうやら大丈夫そうだ。
「ここはどこなの?」
「ここは絵の中、時間と空間の狭間の世界。本来なら誰も入れない。誰もでれない世界」
「ベアトリーチェは閉じ込められるってこと?」
「違うわよ。私がこの空間を作っているのよ」
「すごい、魔法使いじゃん」
「もっと褒めなさい」
「いや、これ以上は調子に乗りそうだからいいかな」
「ぶっ飛ばすわよ」
辺りを見渡すとふかふかの芝生が一面に敷かれ、遠くに蝶が飛んでいる。絵の中の世界なのに頬に柔らかい風が当たる。心地良い。
なんか非常に懐かしい気持ちになりゆったりしすぎかもしれないが、眠くなってくる。先ほどまでの緊張感が溶けていくようだった。
ふと見るとケルベロスは蝶を追いかけてジャンプしている。
「ケルベロスって怖いのかと思ったけど、可愛いな」
「でしょ? ずっと私と一緒にいてくれる相棒なの。付き合い自体はゆかよりも長いかな」
「成長してないってこと?」
「どこ見て言ってるのよ」
「もっくんそれは酷いわ。ベアちゃんはこれからなのよ」
「それは確実にはめにきてるでしょ」
ベアトリーチェとゆかが嬉しそうにハイタッチをし始めた。
ずっとビビっていた自分がアホみたいに思えてくる。
「ベアってこの絵の中にずっと住んでいるんでいるのか?」
「呼び捨てじゃなくて、様をつけなさい。年上には敬意を払うものよ」
「あぁ悪かったベア」
「グヌヌヌ。まぁいいわ。私はあなたと違って寛大ですから。私はあの洋館と絵の中に住んでいるのよ。まぁゆかの友達だから何かあればいつでも訪ねてくればいいわ。もちろん入り方がわかればだけどね」
「呼ぶつもりないやつだな」
ベアは紅茶をゆっくりと口に含み勝ち誇ったような顔をしている。
「ベアちゃんは本当にすごい魔法使いなんだよ。もっくんも仲良くしてあげてね」
「ふん。人間ごときに仲良くしてもらうつもりはないわ。それでもゆかがそこまでいうなら仲良くしてやってもいいわ」
どうやらツンデレ要素もあるらしい。
「あぁ、俺もどうしても仲良くなってくれとは言わないが、ゆかの紹介だからな。仲良くしてやってもいい」
「ふん。うるさいやつね。だが、嫌いではないわ」
僕がベアの方に手を差し出すと、ベアは嫌がるかと思ったが僕の手を握った。
その瞬間僕の意識は大きな何かの流れの中に流されていった。
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