第11話 一波乱の買い物


 彼女は最初買い物へ行くのに非常に喜んで嬉しそうにしていたが、僕の話を聞いていく度に悲しそうな表情をして、最後には泣き出してしまった。


「それは本当に大変だったんですね。私でよければできることはなんでもしますから、言ってくださいね!」

「だっ、大丈夫だよ」

「ダメです! そんな辛い目にあったのに、無理に元気なフリをしなくていいんです!」

 

 こんなにも誰かに心配されたのはいつぶりだろうか。

「強がらなくていいんですよ。泣きたい時は泣いていいんです」

「僕はもう大人だからね。これくらい我慢できるよ」


「何言ってるんですか! 私からすればあそこの毛も生えそろわない子供みたいなものですっ!」

「ちょっと! さすがにそれはいいすぎだよ」

言っている彼女も少し顔を赤くしていた。


「大人だからって無理しなくていいってことです」

「たしかに、ゆかからすれば僕は子供みたいなものだね」

「えぇ、どんどん甘えてください。胸貸しますよ?」

 

 僕がゆかの胸を見ていると、急に両手で胸を押さえだした。


「そういう意味じゃないですからね!」

「ん? 子供だからわからないなー」

「もう、知りません!」


 ゆかと話をしていると、心が段々と温かくなっていく。

 大人になるにつれて、泣いてはいけないと思うことも多くなり、大人なんだからと我慢することも増えた。

 

「買い物行ったら、飴買ってあげるから許して」

「飴だけじゃなくて、チョコレートもお願いします」

「わかった。アイスもつける」

「本当ですか?」


 彼女は目を輝かせ、満面の笑みを浮かべる。

「でも、食べられないんでしょ?」

「こういうのは気分です。行きましょ!」


 僕はすぐに準備にとりかかった。

 といっても着の身着のまましかないんだけど。


 僕たちが家からでて、畑の中を通り過ぎると閑静な住宅地に入った。昼間だというのに人通りは少ない。地方の田舎の過疎の町ではもはやこれが当たり前にだけど。


 しばらく歩いていると、裏路地からなにやら叫び声が聞こえてくる。


「ひったくりよー!」


 僕が辺りを見回すと、黒い上下の服を着て原付バイクに乗った2人組の男が僕たちの方へ逃げてきた。その奥に倒れたおばあちゃんの姿が見える。


 なんてひどいことをするのだろう。


「捕まえなきゃ」

「もっくん。ちょっと待ってて」


「えっ? なに?」


 ゆかが、両手を前であわせ、何か呪文のようなものを唱えると、僕の目に小石が浮かび上がり、そのまま男たちの方へ高速で飛んでいった。


 石はそのまま原付バイクを運転していた男のヘルメットに直撃し、バイクは滑るように転がっていった。



「もっくん! さすがです!」


 ゆかはめちゃくちゃ喜んでくれたが、俺は何もしていない。

 転倒した男たちの側へ駆け寄り僕はひったくられた鞄を取っておばあさんに返してあげる。



「おばあさん大丈夫?」


「ありがとうございます。このバックはおじいさんがくれた大切な思い出の品だったんです。盗まれなくて本当に良かったです」


「怪我はないですか?」

「はい。大丈夫です」


 僕はおばあさんの手を引きながら起こしてあげる。

 幸いにも特に怪我はしてないようだ。


 転倒した男たちは、たまたま通りかかった他の男性たちが確保していた。

 きっと通報してくれるに違いない。僕も通報したいがスマホが電池切れになっている。早く充電しなくちゃ。


「それじゃゆか行こうか?」


 僕が振り返るとゆかは転倒した男たちの方へふわふわと近づいていく。

 いったい何をするつもりなのだろうか?


 彼女が彼らの頭の上に手を乗せると、彼らはいきなり叫び声をあげだした。


「うゎー!! 来るな! くるな! くるな! ギャー」

「なんだ? お前つええな。お前つえぇよ。くそ。負けられ……痛い、痛い、痛い、痛い」


二人とも異様な叫び声をあげている。


「だっ……大丈夫なのか……?」

 彼らの豹変にあっけにとられていると、いつの間に戻ってきたのか彼女は冷たい笑顔をしながら横にフワフワと浮いている。


「大丈夫ですよ。ちょっと、痛い思いをしてもらっただけですから。一緒にお買い物楽しみたかったんですがちょっと力を使いすぎてしまったので家へ戻りますね」


 そう言うと彼女の気配はあっという間になくなってしまった。

 彼女が去ったあとには男たちの叫び声だけが響いていた。


 そのあと、僕は事故の目撃者として引き留められ警察官が来るまで待っていたが、警察官がヘルメットを見た時に、


「なんだこの異常な割れ方は? まるで拳銃で撃ちぬかれたみたいになっているぞ」


と言っていたのを聞いて怖くなった。


 彼らフルフェイスのヘルメットは壊れていたが、彼らの顔にはまったく怪我しておらず身体もケガしている様子はなかった。


 僕は必要最低限の食料だけ買い物をして早々に帰った。

 優しいゆかと、怖いゆかどっちが本当のゆかなのだろう。


 今後大丈夫なのだろうか。幽霊との同居を決めた軽率な判断に不安しかなかった。


 ……あっまたスマホの充電器買い忘れた。

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