第10話 宙に舞う包丁が小気味のいい音をたてながら……
眠りについてどれくらいの時間がたっただろうか。
起きてみると……外はもう明るくなってきていた。
風が強くなってきているのか、窓ガラスを激しく揺らす音が聞こえる。
少し眠るつもりだったのに、あっという間に朝まで寝てしまっていたらしい。
『ぐぉ~~』
魔王のような可愛くないお腹の音を聞いて、昨日から何も食べていないことを思い出す。
せめて、水くらい飲まないと。
部屋からでて、廊下を歩いていくと、台所からはトントンと小気味のいい音が聞こえてくる。
なるほど。僕はまだ、夢の中にいるようだ。
それにしても夢にしてはずいぶんリアルだ。鼻をくすぐる味噌の匂いもしてきた。
僕はゆっくりと台所の方を見てみると、ちょうどゆかと目があった。
「おはようございます 起きました?」
「うん。なんか味噌汁の匂いがするけど」
「あっ……材料があったのでちょっと使わせてもらおうかと思って」
材料? 僕は薬缶しか持ってきていなかったはずだったが、ゆかの目の前には味噌が置かれていた。
「あっこの味噌は前の人が手づくりした味噌なので長期保存可能なものなので大丈夫ですよ。ねぎは庭に生えていたのを使用しています」
窓から庭を見ると本当にネギが生えていた。野生のネギなんて初めて見たが前の人は味噌を手作りするくらいだったので、もしかしたら家庭菜園でもする気だったのかもしれない。
あれ? 彼女って包丁とか持てるのか?
彼女を良く見ると、まな板の上で包丁が踊るようにネギを刻み、鍋の中で空中に浮かんだ箸が味噌をといている。
「ゆかの周りで飛んでいるそれはなに?」
「これは……世間的にはポルターガイストってやつですね。ここの場所だと私みたいなただの浮遊霊も念動力が使えるんですよ。すごいですよね! それじゃお味噌汁しかありませんがどうぞ」
そういうとネギはそのまま鍋に入り、包丁は桶の中にポチャンと入っていった。
包丁も身に覚えがないが、これも前の人の置き土産だろうか。結構色々なものが置いてあるようだ。
「ありがとう。せっかくだから頂こうかな」
まだガスが来ていないためか、七輪のようなもので作ってくれたらしい。
家の中がキャンプ地のようになっていた。
自分では絶対に作らないなと思いつつ、かなり手間をかけて作ってくれたことがすごく嬉しかった。
「どうぞ」
よそってくれた味噌汁を手に取ると、ほどよい温かさに、味噌とネギといい香りがしてくる。シンプルだが、とてもいい。
「いただきます」
彼女は僕が味噌汁を飲むのを微笑みながら見守っていてくれる。
「ゆかは……飲めないの?」
「もっくんは面白いな。幽霊は味噌汁は飲めないよ。ここの世界じゃなければ大丈夫なんだけどね。それよりも今日はこれからどうするの?」
「うーん。家の中の物を確認して最低限の買い物かな」
「買い物ですか! 私も行きます! 連れて行ってください」
彼女からものすごい勢いで買い物への参加を迫られた。
別に断る理由もないけど、買い物がそんなに喜ぶようなものだろうか。
「いいよ」
「本当ですか? やった!!」
彼女は楽しそうに満面の笑みで踊りだしてしまった。
沖縄の踊りなのかわからないが、なんかすごく楽しそうだ。
「ずいぶん嬉しそうだね?」
「だって、自由にでかけることはできても、好きなものとか欲しいもの買えないんですよ」
たしかに、買い物は買うまでが一番楽しいって時もある。
手に入らないと思えば思うほど欲しくなるものだ。
「あれ? もっくん引っ越しの荷物は今日届くとかじゃないんですか? 外出してて大丈夫ですか?」
そう言えば、彼女にはまだ火災で追い出されたことを話してなかった。
僕は簡単にここを借りた経緯を説明した。
「うわぁーん」
先ほどまで踊っていた彼女はいきなり大粒の涙を流しながら泣き出してしまった。
僕はいったい、何をしてしまったのだろう。
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