第8話 幽霊版パワースポットってなに⁉

 僕は玄関に置いてあった古い傘を使い、彼女のところへと歩いて行った。

 傘の中には蜘蛛の巣や埃だらけで、雨漏りまでしていたが、濡れるよりは若干ましだった。


「君、行くところないの?」

「ほっといてもらってもいいですか? 家からちゃんとでたじゃないですか」


「見えるところにいられるとそうもいかないでしょ」

「私だって好きで幽霊やってるわけじゃないもん」


「それはそうだろうけど……」


 自転車に乗った男性が僕たちの横を通り過ぎていったが、雨の中、自販機に話しかけられている怪しい奴に思われたのかスピードをあげて逃げていった。


 非常に心外だ。

 もし、近所の人だったらやばい奴が引っ越してきたと思われかねない。

 田舎の近所づきあいは気を付けないと普通に追い出される。


「ごめんなさい。どこか目の届かないところへ行きますね」

「はぁ、とりあえず家に戻ろうか」


「私……幽霊ですよ? 変なことできませんよ?」

「幽霊相手にそんなことしないわ! 実は、僕も最近家を追い出される辛さを味わったばかりで、行くところがないところを助けられたばかりなんだ。だから行くところがない君を追いだすなんてことはできないかな」


 僕はそういって彼女に手を差しだすと、彼女は僕の手を弱々しく握り返してきた。

 幽霊なのに触れられるらしい。

 

 その手を握ったまま彼女を優しく引っ張りあげる。

 白いワンピースを着た彼女が濡れないように傘の半分にいれてあげると、少し頬に赤みがかかった気がしたが、多分僕の気のせいだろう。


 一緒に家の中に入り、リビングにあったダイニングテーブルの椅子の埃を軽く払う。


「これどうぞ。こっち使って。幽霊って椅子使える?」


 彼女に椅子を勧めると、幽霊に椅子を勧めるのが可笑しかったのか、彼女にクスクスと笑われてしまった。


「ありがとうございます。使わせてもらいますね」


 なんとも不思議な感じだが、彼女は本当に椅子に座っている。

 いや、ふわふわ少し浮いているので正確には空気椅子のような感じになっている。


 幽霊というと、どうしても怖いイメージがあったけど、よくよく考えると元は人間だったわけで話ができるとそれほど怖くはなかった。


「えっと一番最初にこんなことを聞くのはあれなんだけど、一緒に住んだから呪い殺されたりするの?」

「いや、そんな怖いことはしませんよ。でも……」


「でも?」

「私みたいな幽霊が言っても信じてくれるかわからないですよね」


 そういって彼女はおかしそうにクスッと笑った。

 たしかに今の状況で彼女に何を言われても、素直にそれを信じるのは難しい気がした。だけど、今の状況以上に悪くなることはないだろう。


「たしかに、僕の質問が悪かったね。君はいつからここにいるの?」


「もう数十年前になりますかね。この場所って龍脈っていう幽霊のパワースポットみたいで私のような浮遊霊には過ごしやすい場所なんですよ」


「浮遊霊? ってことは地縛霊みたいに何か強い怨念みたいなものがあっているわけじゃないの?」


「違いますよ。こんなか弱くて、儚くて、可愛い子がそんな怖い霊なわけないじゃないですか」


「なんかだいぶ曖昧なパワースポットなんだね」

「実は私も友達から勧められて来たのでよくわからないんです」


 彼女は楽しそうにニコニコと笑みを浮かべる。

 こうして話していると、透けていることを除けば普通の女の子変わらないような気がする。


 それにしても、もし浮遊霊にとって居心地がいい場所ならもっと他に幽霊とか沢山いそうな気がする。僕には霊感がないので彼女が特別なだけかもしれないが。


「他にも幽霊っているの?」

「全然見ないですね。私も可愛い幽霊の友達とイチャイチャするのを夢見ていたんですが、現実は厳しいものです」


「いや、現実もなにも死んでるでしょ」

「キャハハ!」

 

 彼女は楽しそうに笑っているのを見ると意外と陽気な女の子のようだ。


「どれくらい前に亡くなったの?」

「亡くなったのは……私も途中の記憶があまりはっきりしない時があるんですけど、戦争中だったので90年くらい前じゃないですか?」


 90年前か……。もし、未練があるなら家族を見つけてなんてことも思ったが、それも難しそうだ。


「生前はどこに住んでたの?」

「沖縄の小さな島です」

「沖縄!?」


 僕が住んでいる岡石市からは電車と飛行機を乗り継いでも半日はかかる。

 幽霊に距離が関係あるのかはわからないが、相当遠くからここまできたようだ。


「そうです。海がとてもキレイで白い砂浜がずっと続いていて……」

「沖縄いいところだよね」

「えぇ、でも幽霊になると時間や距離の概念がだいぶあやふやになって、たまに自分の存在もわからなくなることがあるんですよ。沖縄にいた時には本当に何度も消えそうになって、その時友達になった人がここを教えてくれたんです」


「いい友達なんだね。今はしっかりしてるってこと?」

「そうですね。かなりしっかりしてきました。ここを作ってくれた友人に感謝です」


「さっき言ってた龍脈ってそんな簡単に作れるものなの?」

「私もよくわからないんですけど、その人自称神様らしいので」


「神様に助けられる浮遊霊ってすごいね」

「私もなんで助けられたのかわからないんですよね。きっと可愛いからですかね?」

「神様、めちゃくちゃ俗物思考だった」

「ハッハハ! ツッコミ面白いですね」


 彼女が笑ってくれるとなぜか僕まで笑顔になってしまった。

 いつぶりだろう。こんなに気を使わずに話すことができているのは。


 元カノの時にはいつも彼女の視線や反応を気にしてばかりだったのに、彼女とは自然と話すことができていた。


 彼女にとってこの場所がパワースポットらしいが、僕も彼女を通じてパワーをわけてもらったようだ。久しぶりに口角が痛い。

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