第6話 常駐する可愛いお化けなんているわけない

 その家は、駅から徒歩だと少し離れている畑の中にある一軒家だった。

 調整区域というなかなか開発の進まないエリアらしいが、それでも家から徒歩30分圏内にはスーパーなどのお店もある。

 さすがに車を買う余力はないが、自転車でもあればかなり生活するのも楽そうだ。


 家の目の前の道はそこそこ交通量もあるらしく、近くに当たりくじのついたダイコーの自動販売機もあった。

 一度も当たったことはないが、地方の自販機では方言で話しかけてくれたり、なかなか面白い自販機だ。


 会社に入社したばかりの頃、仕事がなかなか上手くいかずくじけそうな時、この自販機に午後からも頑張ってなって声をかけてもらいたくて、コーヒーを毎日買っていた思い出がある。

 

 うん、とてもいい場所じゃないか。

 家のまわりは少し草が生えているし、外観は古びた洋館のような趣のあるものだったが、それも含めて1万円で貸してもらえるならお得だった。

 幽霊とのシェアハウスだって悪くない。


「それじゃあ、特に内覧とかはしないで大丈夫なんだね?」

「もちろんです。ここがダメって言われたら、路頭に迷いますので、本当に助かりました。ありがとうございます」


「これ家の鍵ね。それじゃあ僕は戻るけど、最上君、気を付けてね。あっあと中の家財道具とかカーテンとかいろいろ残ってはいるけど、それは全部処分してもらっても、使ってもらっても構わないから」


「わかりました。本当にいろいろありがとうございました」


 僕は深々と田崎さんに頭を下げると、優しく肩をぽんぽんと叩いてくれた。

「応援しているからね。何かあればいつでも連絡してきなよ」


 田崎さんはここまに送ってくれる途中にも何度も励ましてくれた。

 捨てる神もいれば、拾う神もいる。

 

 僕を家に降ろすと、まだ別の仕事があるらしく、すぐに帰っていった。


 応援してくれる人もいるのだ。僕も頑張らなきゃいけない。

 それに、僕にも運が回ってきた気がする。


 家はなくなってしまったけど、前の家よりも広くて家賃も安い。

 幽霊だって、きっと気のせいか考えすぎだ。


 漫画喫茶をでた時に晴れていた空は段々と黒い雲に覆われ、今にも雨が降ってきそうになっていた。雨の中、家も決まらず不動産屋を回ることを考えればやっぱりついていた。

 おっと、こうしてはいられない。

 

 雨が降る前にできることを早速やってしまおう。


 鍵を開けてゆっくりとドアを開ける。


「失礼しまーす」

 誰もいないとわかっていても、つい声をかけてしまった。まだ電気の契約もしていないので、室内は暗くかび臭かった。


 幽霊の話を聞いていなかったとしても、幽霊がでそうな、そんな怖さがある。

 とりあえず、雨が降るまででもいいから、部屋のカーテンと窓を開けて空気の入れ替えからだな。


 やることは沢山ある。水道に、電気、ガスも連絡しないといけない。

 まず、インフラが整うと少し安心するものだ。


 そう思ってスマホをみると電池が切れていた。

 充電のことを完全に頭の中から失念していた。


「はぁ、あとで100均に行って買い出しだな。でもまずは、ざっと家の中を見てくるか。家財道具であるものは節約のために使わせてもらおう」


 僕は恐る恐る1階を見回ってみたが1階に特に幽霊はいなかった。

 リビング、和室、洋室、キッチン、洋式トイレ、物置収納……。

 これで1万?


 レンタルボックスとして貸し出しても、もっと稼げる気がしてしまう。

 最後にお風呂場を確認していると、2階から何やら音が聞こえてくる。


『トン……トン』


 気のせい……ではなさそうだ。

 ネズミとか、ハクビシンとかだろうか?

 田舎だから動物被害というのは意外と多い。


 あとは、だいたい風の音とかそういうのに決まっている。

 壊れた雨戸とかが、風で揺れているのだろう。


 前に住んだ人は考えすぎだったに違いない。

 幽霊なんていない。幽霊なんて怖くない。

 なんとか自分に言い聞かせ、空手の真似事のように手を動かしながら2階へと上っていく。


 まったく、この令和の時代に幽霊なんて非科学的なものを信じる方がどうかしている。


 部屋の扉が閉められているせいか2階の廊下は暗く、薄暗い。

 僕はそのまま一番近い部屋から2階の窓も開けていく。


 窓を開けると近くで雨の降っている雨の匂いがする。長くは開けられそうもないが、それでも十分だ。だいぶ部屋のかび臭さも減った気もする。


 近場の部屋から開けていったが、特に幽霊も変な音もしない。

 そしていよいよ最後の部屋のドアを勢いよく開ける。


「ほら、やっぱり幽霊なんていないじゃないか」


 こんな昼間からお化けなんているわけは……だが、僕は見てしまった。

 部屋の角に白いワンピースをきた半透明な可愛い女性が体育座りをしているのを。


 どうやら、僕は心労が溜まって疲れているようだ。幽霊なんて見えるはずないのに可愛い女の子が見える。

 眼精疲労に効く目薬……あっ家ごと燃えたんだった。なんて考えながら現実を受け入れられないでいた。


 ガチもんの幽霊いるんだけど、これどうするよ?

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