第2話 僕の言い分はガン無視の事なかれ主義たち

 翌日、僕はいつも通り朝一番で出社し部屋の掃き掃除をする。

 昔の癖とはなかなか抜けないもので、高校時代にやっていた剣道部では朝一にいって掃除するのが当たり前だった。


 それ以来、習慣として続いている。

 

 掃除が終わると、みんなで育てているミニひまわりに水を与える。

 もうすぐ花も終わりを迎えそうだ。

 天気予報では夕方から雨だと言っていた。


 窓から空を見上げると、雨が降るとは思えないほど快晴だった。

 外回り中くらいまで雨が降らないといいが。


 掃除の後片付けをしていると、珍しく課長が二番目にやってきた。いつもは一番最後か、遅刻してくるのに珍しいこともあるものだ。


「課長、おはようございます」

「あぁー最上くん、ちょっといいかね?」

「なんでしょうか?」


 いつもあいさつしても無視で、僕のことなど空気くらいにしか思っていない課長にしたら珍しく話しかけてきた。


 もしかして……僕を正社員にって話だろうか?

 たしかに最近僕は調子が良く、成績もかなりあがっていた。


 それもこれも、彼女を幸せにしたいっていうのが原動力になっていたんだけど。

 彼女にフラれたからには、仕事を今まで以上に頑張るしかない。


「ちょっと君に聞きたいことがあってね。君は確か、浦土市担当だったよね?」

「はい、そうです。おかげさまで成績も少しずつあがってきました」


「そうだよな……わかってはいたんだが、君がそんなことをしているとは思えないよな。でもな」

「なにかありましたか?」

 どうやらあまりいい話ではないらしい。

 課長はものすごく言いだしにくそうに、話し始めた。


「ちょっと言いにくいんだけどな。君がある女性にストーカーしていると連絡があってな。それで警察に相談に行くと連絡があったんだよ」


「はい?」


 まったく何のことだか理解が追いつかなかった。

 ストーカー? 詩乃とは恋人同士だ。

 いくら浮気現場を目撃したからといって、翌日に会社にストーカー被害を訴えるような、そんな酷い人間じゃない。


「いや、君は悪くないと僕たちも思ってはいるんだよ。だけどな、こういう噂を派遣社員の立場の君がされるってことの意味がわかるだろ?」


 頭の中が真っ白になってしまう。

 なにか、言葉を、説明を、状況の確認の方が先か?


「僕はなにもしてません」


 なんとか捻りだしたその言葉だけだった。


「君のことは信じているけどね。だけど、わかってくれるだろ?」


 本当は気が付いていた。

 彼女が浮気癖があるのも、僕を財布くらいにしか思っていないことも。

 僕はずっと彼女のご機嫌をとっていて、彼女を楽しませようとしたサプライズはすべて裏目にでていたことも。


 気が付くと課長の目の間で涙を流していた。

「最上くん、大丈夫かね?」

「だいじょうびゅです」


「まぁ、あれだよ。君の方から辞めてくれるなら会社としても大事にはしないからね。今日はもう荷物をまとめて辞表は後日郵送してくれればいいから」

「はい……ふぐっ」


 課長は僕の話を聞くことはなく、弁明の機会も与えられなかった。

 わかっているのは、明日から会社に行かなくていいってことだけだった。


『僕の変わりは沢山いる』


 なぜか社会から必要ないと否定を受けたような気分だった。


 僕は……この会社にまったくもって必要ない人間だったらしい。会社の必要な歯車ですらなかった。


 それから僕は、誰にも話しかけられることもなく、ただ黙々と荷物をまとめて家に帰ることが仕事だった。


 それから、どうやってアパートの2階の自分の部屋へ戻ったのかなんて記憶にない。気がついたら自分の布団の中に入って丸まって泣いていた。


 もう何もする気さえ起らなかった。できたことといえば布団の中ですべてが夢だったらどれだけ良かったのかを思うだけだった。


 会社をクビになったことや、彼女に浮気され振られたこと、ストーカー扱いされ訴えられたことが頭の中でずっとグルグル回る。


 考えないようにすればするほど、そのことが頭の中にこびりつく。

 誰ともわからない誰かが僕のことをずっと責め続ける。


 誰か僕に説明をして欲しい。僕が生きてきたこの数十年はいったいなんだったんだろう。生きている意味が僕にはあるのだろうか?


 その日僕はずっと泣き続けた。何に悔しいのか、何が悲しいのか、どこに感情をぶつけていいのかもわからないまま。ずっと、ずっと布団の中で泣き続けた。


 翌日、僕の不幸はさらに加速することになる。

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