第199話 ~ とある探索者たちの風景① ~

 次元浸蝕が生み出した空間のゆがみで、広大な森林面積を誇る第十二階層の一角、奇妙な取り合わせと言える錬金科の一党より早く、奥地へ進出した者達の姿がある。


 その一人がもてあそぶ、小型の管状時計を見る限り、最大で一日分を充填可能な魔力残量の目盛りも半分になる頃合いゆえ、他の面々は昼食の準備に取り組んでいるようだ。


 総数と動きから見て、どちらが先にいたかはかく、偶然に二つの探索隊が遭遇したらしく、少し離れた場所では “金髪” と “銀髪” の公子が顔を突き合わせていた。


「…… ここで油を売るのも気が引ける、手短に済ませて欲しい」


「それは同感だけど、こうやって気兼ねなく話せる場も多くないし、言葉で伝えないと、分からないことばかり増えるからね」


 くだらない意地の張り合いや、すれ違いで “取り返しが付かなく” なったら困るとのたまい、外套がいとうを敷物にして地面へ座り込んだルベルトが微笑む。


 初めて会った時より変わらない、異母兄の優男っぷりに対面の平岩へ腰掛けたレオニスが溜息しつつも続きをうながすと、相手は右掌に風属性の魔力を宿らせた。


「音漏れを遮断する風絶ふうぜつの魔法か、念入りだな」

「ははっ、うちには耳の良い双子姉妹がいるんでね」


 盗み聞きされてはかなわないとおどけ、第一王子があおい瞳で見遣みやるのは言わずもがな、愛らしい獣耳をぴこぴこと微動させて、料理クッキングに勤しむ猫虎人の少女らである。


 この迷宮探索では実直な聖堂騎士のセルムスに加え、教皇派に属する司祭や従兵も随行ずいこうしているため、ぎこちなくも協働して十数名分の昼食をしつらえていく。


 他方、学院主導の調査案件でもぐっている第二王子の側も、浮薄ふはくよそおう初等科からの悪友、縁戚えんせきとなる主従の令嬢らにとどまらない。


 全体の指揮をるホルヴァト教授と助手の講師、探索許可証持ちの学生や雇われの冒険者が数名ほどいて、やはり食事の支度したくいそしんでいた。


「お互い人任せは趣味じゃないだろうし、手短に言わせてもらうけど… 王位継承の件、“丸くおさまる” ならゆずってもいい」


「何を言うかと思えば、軟弱かつ現実が見えてないな、兄上。この機に権益を広げようと画策する獅子身中の虫は多い、それに……」


 目をすがめたレオニスは国王派と教皇派の不毛な宗教対立がある以上、遺恨の残らない結末はり得ないと断じてルベルトをさとす。


 既に熱心な貴族の領地では、王権神授説をとなえるグラシア国教会に恭順しない者達への弾圧が公然と行われ、少なくない数の殉教者じゅんきょうしゃも出ている惨状だ。


「俺が玉座へいたおりには緩和させるつもりだが、しいたげられた連中の恨みは重い。逆に兄上が王となっても、今度は反動で立場を入れえた迫害が生まれるぞ」


「身近な人達を巻き込んでね。だからこそ、誰が跡目をごうと最小限の悲劇で終わるよう、次善じぜんの手を打っておきたいんだ」


 決定的な破局を引き起こさないため、様々な懸念けねん事項を想定した上で、相補そうほ的に立ちまわろうと銀髪の優男は手を差し伸べる。


 微塵みじんこばまれることを考えておらず、政敵への信頼を感じさせる微笑に苛立いらだちなどおぼえながらも、彼の異母弟は憮然ぶぜんとした表情で提案を受け入れた。

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