第198話

 身体をめぐるマナの制御にて頭脳の強化など済ませ、余分な情報がぎ落されていく灰色の世界で鋭敏化させた聴覚に頼り、放たれた四本の弓矢を把握はあくする。


 その段階で前衛のフィアが聖槍をかまえ、いつでも発動可能なように組み上げていたのであろう、浮遊障壁の魔法を展開させるべく動き始めた。


(正面の二本は任せよう)


 瞬時の判断により、斜め左右から迫る一本に傾注傾聴して半身とりながら、矢の箆中節のなかぶしあたりを右掌でつかむ。


 ちらりと横目でカルラをうかがえば、魔導士である彼女も半透明な障壁を張って、最後の一本を難なく弾いており、過度の心配は無用に思えた。


 さらに同数の第二射、第三射が矢継ぎ早に撃ち込まれるも、簡単に強固な防御魔法が破られることはないため、もはや気にせず自身を狙った矢だけ掌中へおさめる。


 馬手めて指間しかんに挟んだ矢玉がきたのか、射撃間隔かんかくが少し開けたのを感じるやいなや、護りを解いた “槍の乙女” が駆け出すと、それに “踊る双刃” もならった。


「ちょっと、狩ってくる!」


 街中で衝動買いするような気安い言葉を残して、颯爽さっそうと駆け出したリィナの後姿を見遣みやり、攪乱かくらんするような軌道きどうで向かう先へ探知の魔力波を飛ばしたところ……


 射手付近の樹上には身軽な蜥蜴とかげ小人らが潜んでおり、二人に奇襲を仕掛けようと落ちてくるも、領域爆破の魔法で地に足が着く前に散華さんげさせてやる。


「「ギッ!?」」

「「ギァアァ!!」」


 断末魔の叫びを上げて弾き飛ばされた同胞はらからに惑いつつ、なお蜥蜴とかげ人の弓遣ゆみつかいらは脅威に向けて近場より矢を放つが、動揺含みの状態で標的に命中させるのは難しい。


 歩速を緩めた司祭の娘が必要最小限の体さばきで避ける一方、軽やかに跳ねた半人造の少女ハーフホムンクルスは前方宙返りでやじりかわす。


 着地の直後、さらなる踏み入りと同時に右のなた剣が振り抜かれて、彼女の正面にいた敵手の弓を断ち、わずかに遅れて左のなた剣による刺突が鳩尾みぞおち穿うがった。


「ッ、ウゥ…ッ…」


 小さく呻いてたおれた蜥蜴とかげ人の側方では、数舜すうしゅん前に無刃の聖槍で内臓を潰されたもう一体がくずおれて地面へ転がる。


 形勢の不利を悟った残敵は無謀な反撃に移ることなく、息を潜めたまま森の木々にまぎれ、其々それぞれに別の方向へ立ち去った。


「やりやすいのか、やりがたいのか、一がいに言えんな」

「ん~、難儀なんぎだと思うけどね、からめ手とかあるし」


 呟きながら歩み寄るこちらに対して、リィナが指差したのは仕留めた射手の亡骸なきがら、その腰元にわえ付けられた矢筒であり、多少の液体が漏れ出て地面へ染みている。


 おのずと首をめぐらせて、フィアにたおされた方も眺めれば、いかつい老教授が片膝を突き、慎重な手付きで小瓶に試液を採取していた。


「調べないと断言できないが、毒物のたぐいだろう」

「これもお仕事のうち、ですからね」


 荒事の後にもかかわらず、ほがらかに笑うドロテアが場を無為むいなごませると、やや呆れ顔のカルラは無言のまま細い肩をすくめる。


 ともあれ、知恵の働く亜人系の魔物を警戒しつつ、地道に進むしかあるまい。

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