第197話

「没落した御家おいえの再興か、ご苦労なことだな」

「まるで他人事、あんたのも無関係じゃないのに」


「いや、契約を仲介したのみで、船がしたのは別の問題だろ? あれでいて商売の筋は通す主義だし、保険の運営側になるリスクの説明もしたはずだ」


 迷宮では時間感覚が狂いやすいものの昨夜をて、再びの第十二階層で歩きながら隣を一瞥すれば、随分ずいぶんと打ち解けてきたカルラが桜色の唇をへの字に曲げている。


 雑談時の自己申告で思い出せたルクアス家は数年前、領内の不作や災害による致命的な財政難に襲われて、危険度が高く見返りも大きい航路に挑む大型交易船の保証人を引き受け、華々はなばなしく破産した家柄だと記憶に残っていた。


「ん~、なんの話、ダーリン?」

「私も気になります、ジェオ君」


「あぁ、実は……」


 斯々然々かくかくしかじか経緯けいいを説明すると前衛の身内二人も港湾都市ハザルの出身ゆえ、そういう沈没事故にまつわる話もあったなとうなずき合う。


 地元で一世を風靡ふうびした話題なこともあって、しかりと覚えていたようだ。


「えっと、確か… 焦げ付いた保険金を王家が船主らへ支払う代わりに領地没収」

「成功前提で無謀な契約を結んだと責められて、爵位も奪われたんですよね?」


「統治基盤の信用に関わるからな、宰相閣下の英断だと聞いている」

「うぐっ、酷い言われよう、誰か味方はいないの!」 


 不満げに助勢を求めて振り向くが、寡黙なのが格好いいと考える老教授は取り合わず、その悪癖あくへきを教えてくれた助手兼メイドも、穏やかな微笑をカルラに返すのみ。


 紫藤色髪の少女は深い溜息を零すと、脱力するように肩を落とした。


「人間ってね、追いつめられると視野がせばまるの。真に領民の生末いくすえを憂慮するなら、賭博みたいな商機にけるより、恥を忍んで陛下に泣きつく方が良かったけど……」


 今となっては後の祭り、国王や側近らの不評を買って、彼女の父親が平民落ちした事実はくつがえらない。


 ろく市井しせいで働いた経験のない者が世間に馴染なじめる訳もなく、妻子を豪商である義父へ預けた後に身体を壊して、あえなく他界したという顛末てんまつは昨夜に知らされた。


 家族仲自体は悪くなかったようで、歳の離れた弟のことも熟慮した結果、御家おいえの建て直しを目指すと決めたらしい。


「手っ取り早く済ませるなら、中央の官職を得る必要があるし、自身を売り込むための経歴も必要か。それゆえに浸食領域の迷宮まで足を踏み入れたと?」


「…… おおむねね正解、あと報酬が良かったの、学院主導の探索」

「むぅ、我々は仕事の延長でやらされているがな」


 後ろで筋骨隆々な老教授が面倒そうに愚痴ぐちれば、ここ数日で聞き慣れてきたドロテアの可愛らしい笑い声も響いてくる。


「ふふっ、何かにつけて文句をはさむ性格、治らないわね、アルト」

「“三つ子の魂百まで” だ、諦めろ」


 時折ときおり襤褸ぼろが出るというか、否定的な割に親密な雰囲気をかもし出す、半世紀ほど歳の離れた主従の二人にカルラが砂糖を吐き、突っ込めと視線で促してきた刹那せつなかすかな、されど複数の風切り音を聴覚にとらえた。

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