第192話

 麻布の上で大蒜にんにくきざみながらしばし待ち、適度な湯温になったのを見計みはからって、王都の市場で買った薄切り状の山鳥茸ポルチーニを乾物のまま調理器具に投入、近縁きんえん種が多いせいでもどきも混ざっているのは気にしない。


 皇国だと見分け難い毒茸の苦猪口ニガイグチがあり、迂闊うかつに食べてしまうと腹痛、嘔吐おうと、下痢のような胃腸系の症状にさいなまれるも、この地で存在しないモノを過剰に心配するのは時間の無駄だ。


「ところ変われば、というやつだな」


 もはや遠い記憶の故郷に思いをせること数秒、同じく購入品である乾燥牛肉も放り込んで少しの間だけ、ぐつぐつと出汁だしが取れるまで煮詰につめていく。


 さらに野営地への移動時、完全獣化形態のウルリカが優れた嗅覚で見つけ、くわえてきた天然アスパラガスをアクが出ないように折ってコッヘルの中へ追加、褒めてやれば何本もみついでくれたことから量には困らない。


 さっきの大蒜にんにくも入れて、フィアが家で作ったフライドオニオンを散りばめ、気持ちばかりの黒胡椒や岩塩で味を調ととのえたら、きのこと野菜の入った特製スープの完成だ。


 焚火たきびを消してから、荷物袋をあさり、堅く焼かれた保存性が高いビスケットを手探りしていると… 匂いに釣られたようで、幕屋テントより寝ぼけ眼の人狼娘が出てくる。


 やや覚束おぼつかない足取りで歩み寄った彼女は躊躇ためらいなく、割り膝の姿勢を取っていた俺の上へ座り、できたばかりの手料理を見詰みつめた。


「…… さすごしゅ、美味しそう」

「朝の第一声がそれか」


 おはようの挨拶等、優先すべき言葉はあるだろうとたしなめ、乱れたウルリカの黒髪を手櫛てぐしで丁寧にいてやる。


 ついでに触り心地のいい獣耳を優しく触り、反対の手で尻尾もいじれば身動みじろぎ、つやのある微かな声を零す。


「ん、うぅ」

如何いかんな、で始めると止まらくなりそうだ」


 以前、度が過ぎて発情期のようにとろけさせたおり、姉代わりの二人にこっぴどく叱られた手前、深みにはまらず股座に乗っていた人狼娘を左脇へ退ける。


 深皿やフライパンにもなる取っ手が付いた調理器具のふたを持たせて、そこへ “きのこと野菜のスープ” をそそいでやり、自身はコッヘルの中身を直匙じかさじ口腔こうくうへ運んだ


「時に食事の席で葉茎菜ようけいさいを “草” と称しているようだが……」

「前言撤回、ご主人の作ってくれたものはき、全肯定する」


「いや、心底苦手なら、我慢しなくて良いけどな」


 今が旬のアスパラガスには造血効果もあって、貧血になりがちな女性向けの野菜だと言及するかたわら、さりげなく食べる様子をうかがう。


 特に嫌いでもなさそうなのを確認しながら、荷物袋より探り当てたビスケットの包をひとつ渡した。


「むぅ、堅くて甘くない」

「携帯用の保存食だから諦めろ」


 日持ちをそこなう成分は期待するなと言い切って、腹に溜まる食材の調達が済むまでの繋ぎとして、自身も焼きめられた菓子をみ砕く。


 ぱさついた口内の水分を温かなスープでおぎない、寝起きの小腹など満たした俺達は簡素な幕屋テントを片付けて、ざっくり荷物をまとめると復路にいた。

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