第191話

誓約歴1261年3月10日 ~早朝~


「んぅう… 新緑の匂い、き♪」


 “あと、ご主人も” と厚手の外套に包み込んだウルリカが呟き、小さな幕屋テントの中で俺を抱きしめながら、かぷかぷと鎖骨付近を甘噛みしてくる。


 舌を肌にわされるくすぐったいような感触や、雲雀ひばりの鳴き声にうながされてまぶたを開けると、低い位置にある布製の天井が視界へ飛び込んできた。


(…… 師匠サイアス仕込みの鳴子なるこ型トラップは不発、何も近寄らずか)


 野生動物の他、人も警戒して夜に溶け込む “黒染めのひも” を同心円上の樹々に張り巡らせ、引っ掛かると幾つか仮止めした “衝撃発動式の魔封石” が落ちて真下の小岩に当たり、閃光音響弾フラッシュバンの効果を生じさせる手筈てはずだったが、杞憂きゆうに終わったようだ。


 これも此処ここが王都近郊の比較的に安全な森林であり、知性の有無に関係なく生き物が集まる水源から、少々離れた獣道のない場所を野営地に選んだゆえ僥倖ぎょうこうだろう。


(しむらくは励起れいきさせたら、安定状態に戻せないたぐいの消耗品だな)


 もはや、多少の衝撃で光と音をき散らすため迂闊うかつに回収できない。


 魔法が込められた様々な鉱石のうち、特殊な発動条件を有する物は高級品であり、倹約家な性分として後ろ髪を引かれるものの、いまだに微睡まどろむ人狼娘の頭など撫ぜて気をまぎらわせた。


 何故、危険もある野外で態々わざわざ一泊したかに言及すると、時々に基礎体温の高い身体を擦りつけて、なかば無意識に匂いを移マーキングしてくるウルリカの我儘わがままこたえたからであり、元をただせば某老教授に原因がある。


 “学院側の調査へ駆り出されることになった。春休みの期間をまたいで二週ほど地下迷宮に付き合え、錬金学基礎Ⅱと演繹えんえき論の期末試験を免除してやろう” とのたまい、無碍むげに断ったなら局所的な採点ミスが火を噴くぞと、はばからずに脅してくる始末。


 そばで微笑む助手兼メイドの少女いわく、こじらせて意固地になった場合、本当にやり兼ねないとの事で不承々々ぶしょう、引き受けた訳だが……


 例によって某教会の大司教、ディアナに預けられる運びとなった人狼娘が反発して、なだかす過程で数日だけ “ご主人の独占権” とやらを認める羽目になった。


「まぁ、こういう朝もたまには悪くない」


 おりに触れて自然を求めるウルリカに付き添い、一泊二日のに出掛けた先で大きく伸びを打ち、夢で何か食べているらしく垂涎すいぜんし始めたケモ耳少女を引きがす。


 食料の現地調達は後にまわすとして、寝起きの乾き切った喉を潤そうと、少しだけ革水筒をかたむけてから、荷物袋をつかんで幕屋テントの外へ出た。


 昨日の夕餉ゆうげを作る際、斜めに土中へ突き刺して複数の石で固めた木枝があるため、ずれないように銅製コッヘルの持ち手金具を引っ掛ける。


 そこに空間連結の魔法で適量の地下淡水をそそいで、不要な可燃物などのぞいてある露地ろじに愛用のシースナイフで切った枯れ木をき、生活魔法による火をともした。



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コミカライズ版『コボルト無双』マンガボックス様で連載開始となりました。

アプリをインストールしている皆様、読んでやってくださいヾ(。>﹏<。)ノ゙

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