第190話 ~ とある組合支部の食堂にて ~

「むぅ、良かれと思って、緑礬りょくばん卸値おろしねを吹っ掛けたのにぃ」

「ジェオ君にもうける意図がないの、分かっていましたよね」


 自業自得では? と愚痴ってきた白藤髪の幼馴染みをあしらい、澄まし顔で司祭の娘は蜂蜜入り香草茶を啜る。


 ちまたで噂の “踊る双刃” と “槍の乙女” がいるのは、学院の敷地内に建てられた冒険者組合ギルド支部、そこに併設されている瀟洒しょうしゃな食堂だ。


 教授の採取依頼や、フィールドワークに向かう学生の護衛から雑用と幅広く、多様な依頼が日々生じる此処ここは荒事をさない者達の溜まり場であり、彼女達にとっても例外ではない。


 また何らかの情報が交わされる場ゆえ半人造の少女ハーフホムンクルスくだきながらも、常人より優れた聴覚を駆使して、ちゃっかりと同輩どうはいらの会話を拾っていた。


“おい、あれって金等級の……”

“あぁ、二輪の華だ、偽竜タラスクを仕留めてくれたらしいな”


 ひそひそと話されるおおむね好意的な言葉に当人が桜唇おうしんほころばせれば、自身にまつわる外聞に興味を持ったのか、さりげない態度でフィアが説明を求めてくる。


「ん~、大半は中層への道を開いた件の感謝かな? 他に可愛いやら、綺麗だなんて声も聞こえてくるけど… 直接からんできそうな馬鹿もいないし、ダーリン様々さまさまね」


「ふふっ、私達が誰と共にるか、認知されているのはきことです」

「余計な手間がはぶけるのは大歓迎、お陰でまったりと休憩できる」


 若い娘が無粋な男達に言い寄られるのは冒険者の間でも多々あり、こっぴどい断り方をして恨まれた挙句あげく、街の外で襲われるような事案も珍しくない。


 二人とも身寄りがないのに加えて端整なため、最初に属した地元の組合ギルドでは領主嫡男のお手付きだと認識されるまで、嫌気が差すほどわずらわしい目にっている。


 当初、出会ったばかりな黒髪緋眼の少年を篭絡ろうらくしようとリィナが思い至り、過剰なスキンシップを仕掛けたのには、その環境が少なからず影響を及ぼしていた。


「結果論だけど、一目惚れした私に感謝しなさい」

「むぅ、それが無くても専属司祭にはなっていたはず」


 あれだけの得難えがたい傑物を地母神派が見逃すなんてあり得ないでしょう? とうそぶき、遅かれ早かれ司祭の娘が導き手に選ばれて、身を捧げた可能性に言及する。


 幼い頃からの空想癖が抜けておらず、自らを両腕で抱きしめて軽く身悶えする様子など見遣みやり、自身の世界に突入したフィアに引くかたわら、リィナはかじり掛けの焼き菓子をんだ。


 健康志向でハーブの粉末がり込まれたクッキーを “まぐまぐ” 咀嚼そしゃくしていれば、掲示板の前にきた一党が依頼票を見て、受付嬢の待つカウンターに進んでいく。


(確か、あの辺にってたのは学院が雇用主の依頼ね)


 一年数ヶ月振りに広く解放された “廃都に至る地下迷宮” の中層、様変わりしているであろう状況や生態の調査を名目めいもくかかげて、現地資源をあさる目的のフィールドワークが実施されるようで、護衛の冒険者が募集されていた。


 何となく、本当に何となくであるが、また浸食領域におもむくことになって、置き去りにされる妹分がへそを曲げそうな予感を感じつつ、半人造の少女ハーフホムンクルスはパサついた口腔こうくうを香草茶で潤す。


 それについて我に返った幼馴染と話し合い、講義の終わりまで時間を潰した上で、所用のある某嫡男と合流すべく彼女達は割安な組合ギルドの食堂を出た。

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