第189話

 どちらの肩も持つ気がないので、口外せずに胸裏へとどめて第二王子との雑談や指導を続けながら、青い水溶液が常温付近にまで冷めるのを待ち、幾つか形成された硫酸銅の結晶を取り出す作業に入る。


 各成分を示す座標軸の三本で長さが異なり、互いに斜交する三斜晶系なのを踏まえれば、綺麗に仕上がったと思われる菱形状の物より鑷子せっしつまみ、保管用の硝子ガラス容器に移し換えるも… 右から左へ運ばれていった。


「待て、貴様、何をしている?」

「ん、中間考査の課題、もらった方が早いかと」


 触れると良くない物質のたぐいは錬金科の学生なら、基礎的な専門科目で叩き込まれるため、やはり藤紫色の髪が特徴的な少女もマイピンセットで人の精製物をついばむ。


 多少の見覚えはあるが、老教授の講義でそばへ座った程度の相手に困り、レオニスの知己ちきである可能性も考えて一瞥いちべつすれば、左右の首振りで否定されてしまった。


 仕方がないので机上に置いていた容器を遠ざけ、追いすがってくる鉄のくちばしを同系器具でブロックしつつ、重い溜息交じりに誰何すいかする。


「…… 一応、名前ぐらいは聞いておこう」

「カルラ・ルクアス、樹牢結界で隣のかごにいた」


 薄い桜色の唇と吊り目によって、やや強情そうに見える彼女がシックな黒いフレアスカートのポケットをあさり、さっと取り出したのは俺達も持っている探索許可証だ。


 それに触発されて知的探求心を満たすため、危地へ向かう学生らの技量を見定める試験のおり、強度が気になってぶち抜いた魔法障壁の先でたたずみ、驚愕きょうがくしていた女子の存在を思い出す。


 あの時が初見しょけんだったと今更に気づけども、乱取りを認める理由にはならないため、繊細かつ目に止まらない速度で鑷子せっしを繰り出して、すべての結晶を欠けさせることなく奪い返した。


「うぐっ、フィジカルで “辺境の英雄” に勝つのは不可能」


横着おうちゃくせずに作れよ、怠惰たいだに過ぎる」

「まったくって、クライストの言う通りだぞ」


 “何事も率先してやらなければ身に付かない” などと、王の継嗣けいしが唱えるには微妙な持論を持ち出した公子に共感する一方、こちらと同じく他者に頼るのは苦手そうな印象を受けていたら、も言われぬジト目でにらまれてしまう。


「銅鉱石はかく、誰かさんの買い占めた緑礬りょくばんが手に入らない」

「なるほど、硫酸の素材調達でつまづいたのか」


 平然と無関心をよそおってこたえるが、殺菌剤である “ボルドー液” とやらの製法を明らかにして、港湾都市の近郊農業に使おうと手をまわしたのは俺であり、もうカルラにはバレているようだ。


「先に購入できた人はいいけど、他の皆も困っていたりする」

「何やら、話の雲行きが怪しくなってきたな」


 あからさまに責めてくる彼女の態度で当たりを付けたのか、金髪碧眼の公子にまでいぶかしげな顔をされて、少々嫌な汗が流れる。


 緑礬りょくばんは東方諸国で多く産出されることから、地元で輸入すれば問題ないと断じて、王都にも支店があるコルテーゼ商会経由の放出を決め、この場を取りつくろうも……


 後日、リィナに任せたのが裏目に出て、誤解した商会の者達が独占的に扱えるのを逆手に取り、錬金科の学生や染料屋に高額で売ったらしく、“転売屋テンバイヤー” という不名誉な称号を得てしまった。



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別サイト掲載作品のコミカライズ絡みに時間を投じる為、暫く更新が遅れます_(._.)_


ここまで読んで頂き、ありがとうございます!!

※ 少しでも面白いと思って頂けたら


表紙ページ( https://kakuyomu.jp/works/16816927860966363161 )

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