第193話

 その途中、立ち寄った川辺で其々それぞれに手頃な大きさの岩へ腰掛け、清流に素足すあしさらしつつも、綺麗な水を含ませた手拭てぬぐいで髪や身体の汚れを落とす。


 まだ春先なので少々冷たいが、折角せっかくの水源を素通りするのは勿体もったいない。


態々わざわざ持ってきた釣具、ここで使わせてもらおう」

「むぅ… ご主人、竿を握ったら、あんまり構ってくれない」


 胡乱うろんな瞳で見つめるウルリカを華麗に無視スルーしてロッドを組み、結び付けた丈夫な糸を幾つかあるリング状のガイドに通す。


 続けて先史時代の発掘品を真似まねたという、鉄針とおもりが仕込まれた色鮮やかな木製の小魚も餌代エサがわりに取り付けた。


「あとは小物を少々……」


 釣った魚をさわればうろこが刺さるため、トングのごとき器具と引き上げる際の玉網タモつかみ、身体強化の術式もほどこした上で、川の中程なかほどにある大きい平岩を目掛けて跳躍する。


 着地後に振り返ると残置されたのが気に喰わないらしく、不服そうに喉元の装具を緩めた人狼娘が獣化し始めており、纏わり付く衣服を脱ぎ落して反対側に多少離れたかと思えば、勢いよく助走しながら飛び込んできた。


『ぁ… ふぐっ!?』


 降り立つ場所を空けてやるも、お腹が岩ふちに当たるきわどい状況となって、特殊な首輪の念話機能を通じて何とも言えない声が脳裏に響く。


 下半身を水に濡らした黒狼はもくしたままい上がって、何事もなかったかのようにそばへ寄り添った、べちゃりと。


 特に怪我を負った感じではないことから、失敗にはえて触れず、素知そしらぬ顔で疑似餌ルアーを遠方の水面に投げ入れる。


 川魚を得たいだけなら、手駒の水妖達に任せて済む話だが、それだと何も楽しくないので腰を落ち着け、胡坐あぐらなど組むと獣姿のウルリカも伏せて膝に下あごを乗せた。


『春眠、暁を覚えず?』

「古来より華国に伝わる五言絶句、孟浩然もうこうぜんの詩だな」


 少し前に寝坊した時、思わず口ずさんだ言葉を覚えていたようで、詳しく教えようとするも、小さく揺れていた尻尾がパタリと力尽きる。


 若干、位置取りが邪魔なれど、気持ち良さげに眠る黒狼の頭を撫ぜて、しばらく釣果ちょうかを待っていると糸が引かれ、本日一匹目の獲物が釣れた。


「毎度、お馴染みのトラウトか」


 玉網タモを使わず、竿のみで手繰り寄せられる小振りな陸封型であり、降海型のようにエビやカニとかの甲殻類を食べていないゆえ、赤身ではなく白身のサケ科魚類となる。


 という事実は一般的な認知の埒外らちがいにあることで、海都ルルイエの魔導書が手元になければ、俺も知り得なかったはずだ。


「個人的には赤身の方が好ましいな、鮭に近くて」


 小さくぼやきつつも専用の器具で魚体を挟み、口元に刺さった針を抜いて把持はじしたまま岩場へ寝かせ、急所たる脳にシースナイフの先端を突き刺す。


 何度かよじって確実にめ、えらの膜も切ると一連の動きで黒狼姿のウルリカがまぶたを開け、そっと離れてくれたので流水を使う血抜きも円滑に済んだ。


 再度、疑似餌ルアーを川へ投げ込んでもう一匹、二匹と釣り上げ、塩焼きにして乾燥牛肉や、水分を飛ばした硬派なパンと一緒に食べる。


 そうして川魚メインの昼餉ひるげを取り、日暮れ前に王都の門を潜った俺達はリィナとフィアが待つ、住み慣れてきた我が家へ帰った。



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本業過多にて、更新遅れて申し訳ありませんヾ(。>﹏<。)ノ゙


コミカライズ版『コボルト無双』ピッコマ様でも連載開始となりました。

お時間のある皆様、読んでやってください!!

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