第182話

 お役御免ごめんだなと荷物を持って、幾つか並んでいたボックス型の更衣室へ足を運び、動きやすくてアタッチメントの多い冒険者向けの衣服に着替えようとするも、手前で監督役と脚本家の女性に止められてしまう。


「いや、流石に出演者の挨拶で準主役がいないのは、ちょっとおかしいだろ!」

「カーテンコールも付き合ってくれないと報酬を払えないわ!!」

 

 などと、焦りを滲ませた劇団の二人から、口々に言いつのられては仕様しようがない。


 軽い溜息を吐き、苦笑するルベルトに湿った視線を投げていたら、中央広場に集った観客達が拍手喝采を始め、仮設舞台の裏側まで聞こえてきた。


 それに応えて両そでより、ずは銀の王につかえる兵卒を演じた十余名が駆け足気味に出ていき、素早く並んで挙措きょそを一致させながら御辞儀おじぎする。


 彼らの背後を通って、同じような形で側近役らが中央へ進み、眼前の人垣が左右にけるのに合わせて会釈えしゃくするかたわら、今度は脚本家にうながされて手を “恋人つなぎ” にした主役と主演女優があゆんでいった。


(しかし、せんな、あの優男が第一王子だと気づく奴はいないのか?)


 普段より面識がある高位貴族の子弟や、学院の関係者らは市井しせいもよおされる謝肉祭の大衆劇など、態々わざわざに来ないのかもしれない。


 自身も役をつとめた手前、いつも気軽にからんでくるオルグレン、歯にきぬ着せぬイングリッドあたりにいじられるのは微妙なため、丁度良いと考えていれば愛想を振りいていた連中が近しい方のそで口に消えていく。


 全体の流れを途切れさせないよう、すでに黒の王側で兵卒をになった者達も、舞台奥手の両そでからん中へ来ており、劇の印象そのままに足並みそろえて剣礼をした。


「もうすぐ出番ね、辺境伯とか貴族役達の次にお願い!」

「あぁ、任せておけ、乗り掛かった船だ」


 港湾都市ハザルをようする領主家の嫡男らしく海運業者が好む慣用句でうそぶき、他の演者達に招かれて颯爽と群衆の前へ立つものの、やるべきことはただの挨拶に過ぎないため、無難な黙礼だけで済ませる。

 

 その際、最前列にもうけられた関係者の特別席が嫌でも目に入り、きらきらとした瞳で見めるウルリカや、小さく手を振っているフィア達に気づいたが……


 個々の観客には対応しがたいこともあって、さらりと受け流しつつも手勢の兵卒や、側近の貴族達にまぎれてそで口より退場する。


 さらには物語の主戦場となった国の者達、街中の場面で市民の役割を担当した者達が現れて、其々それぞれに群衆へ向けて頭を下げ、左右の横手に去っていった。


 そしてラストは再登場となるおもだった出演者を前列にえ、端役はやくも舞台にめられるだけ呼び入れて、ほぼ総員で締めとなる一礼を行う。


 ひときわ大きな歓声が沸き起こってから、数秒の間を置いて仮設舞台の幕が降り、謝肉祭の演目『銀の王』は皆の興奮が冷めやらぬうちに終わりを迎えた。

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