第181話

(例え、負ける役柄やくがらであろうと、せ場は必要か……)


 手数で圧倒されないために太刀筋というか、剣筋の流れを断つように猛攻をしのぐ一方、黒の王にもファンは多いと脚本家に教えられたのを思い出していたら、眉間みけんを狙った突き込みが飛んでくる。


 反射的に退けば後手となり、喉元や胸などの急所をさらすので紙一重にてかがみ、片膝立ての姿勢から優男の足元をぎ払うが、垂直的な跳躍でかわされてしまう。


 互いに刃を引き戻しながら踏み入って、一時的なつば迫り合いに持っていくと、銀の王をになうルベルトは不敵に笑い、にやりと口端を吊り上げた。


「厄介なのは人が良い性格だけにしてくれ」

「最近、本気で切り結べるつわものがいなくてね」


 欲求不満だったとのたまうも、護るべき対象に打ちのめされて自信を失い、困惑する近衛ロイヤルガード達には同情を禁じ得ない。

 

 彼らのかたきを少し取ってやろうと、交差した状態の模造剣を強引に押し込み、反発がくる直前に一瞬だけ力を緩めた。


「ッ!?」


 わずかなほころびが生じた刹那せつな諸共もろともに剣先を右下へらして、反応の遅れた相手の顔面目掛け、得物より離した左拳の裏拳を叩き付ける。


「ぐうぅ!」


 呻きつつも距離を取ろうとする銀の王に追いすがり、剣柄による心臓打ちを決めて、斜に反転させた刃で首筋を撫ぜ切れば一本… というか、黒の王が勝っても致し方ないので、真剣なら致命的となる攻撃だけはあたえずに身を退かせた。


 それは相応の技量を持つ優男も分かっており、悔しそうな表情を浮かべつつも他の役者らがつむぐ状況に応じて、この場面を終わらせようと動き出す。


 最後に選ばれた剣戟けんげきは極端な脇構えから踏み込んで、逆袈裟にひらめかせた大振りの一撃であり、負けじと振り落とした迎えの刃を跳ね上げた。


 そので弾かれた得物を手放して、こちらへつかみ掛かってきた相手を組討くみうつこともできたが、大人しく両腕を取らせてやる。


 左足を右外側へさばきながら、勢いよく背を向けたルベルトは遠心力のまま、俺の身体を回転させて投げ飛ばした。


(ッ、体落としか!)


 何となくやわらの技を喰らう予感もあって、咄嗟とっさの受け身は取ったものの右肩を左掌で押さえ込まれ、短剣が引き抜かれたところで脚本に従い、突然の横槍が入る。


「そこまでにしてもらおうか、若造」

「くッ、人質とは下種げすな真似を……」


「私怨が切っ掛けの戦争で主君を死なせるなど愚のきわみ、手段は選ばんよ」


 憮然ぶぜんとした辺境伯の言葉を拾い、彼が抱え込んで首元へ刃をあてがった娘に対して、周囲にいる者達の注意が集まっていく。


 銀の王も例外ではないため、手を払い退けると同時に邪魔な模造剣も捨て、何度か真横へ転がってから、素早く身を起こした。


「…… けいの忠義は認めるが、褒められた行為と言えないな」

「では、どうしろと?」


「解放してやれ、らぬ水を差したびだ」

「宜しいのですか、黒の王」


 まっすぐ見めてきた貴人の娘に無言でうなずき、颯爽と手勢を引き連れて転進する。


 不利な地形での強襲によって、こちらの陣容が大きくそこなわれている以上、一度退却して軍勢の再編に取り組まなければ瓦解がかいし兼ねない。


 寡勢かぜいたる相手方が深追いするのも危険なため、すみやかに見せ場となる戦闘は収束を迎えて最後の大団円へ至り… もう出番のない俺が裏手に戻って、自身の演技をかえりみているうちに終幕となった。



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流石に準主役とはいえ、黒の王が勝ったら劇が破綻しますからね。

某公子が暴走気味でしたけど、脚本通りの予定調和です。

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