第180話

(ある程度、史実に従った作品らしいが……)


 二人の英雄王を筆頭に主要人物は優秀な者が多く、火種となった娘の父親や辺境伯も譲歩可能な部分の読み間違いはあれど、一定の合理性を維持している。


 物語の中にしか存在できない馬鹿とか、“ざまぁ” されるためだけに生まれてきたような阿呆がいないのは素晴らしい、などと頭の片隅で考えていたら射撃が止んで、相手方の舞台そでより銀の王に従う兵卒らが躍り出てきた。


「「「うぉおお―――ッ!!」」」

「くっ、我らが王を護れ! ここが命の捨てどころだ!!」

 

 そばにいた辺境を治める初老の貴族が叫び、こちら側の舞台そでからも増援が駆け付けてくるのに合わせて、矢雨をしのいだ者達がたおれたともがらかつぎ去っていく。


 それにともない、貴人の娘も連れ戻されて乱戦の準備がととのうと、三十名前後の役者らが其々それぞれに模造剣を振るい、激しい殺陣たてを観客の前で演じ始めた。


 黒髪緋眼の王にふんする俺も逆袈裟の銀閃を放ち、迫る敵兵の袈裟切りを弾いた上、返し刃の斬撃を鎖骨付近に喰らわせる。


 勿論もちろん、接触時には威力を殺しているものの、模造剣で切られた役者は苦悶の表情でうめき、自然な感じで身体を回転させると数歩だけ舞台端へ進んで倒れた。


 他の演者らも同じく中央部分を避けるように立ちまわった結果、追加で三人ほど切り捨てた頃には結構な空間が生まれており、そこで俺とルベルト、黒と銀の二人が得物をたずさえて向かい合う。


「天然の地形を利用した見事な奇襲だな、惚れ惚れする」

「時間稼ぎの戯言に付き合う気はない、推して参る!!」


 寡勢故かぜいゆえに一撃必殺の特攻など仕掛けてきた銀髪碧眼の王は決着をつけるべく、狙いました刺突を放つ。


 戦い慣れた強者の悪い癖というか、無意識下で内循環系のマナと筋肉の動きを一致させてくるため、芝居とは思えないほどに鋭い。


 右足を引かせた半身となりつつ、切っ先を外側へ打ち払った直後、少しだけ体勢が崩れた機に乗じて反撃の突きを放つも、軽快な側方への体さばきでかわされてしまう。


 間髪入れず、陽の構えから横ぎに胴を狙う好敵手のふところへ踏み入り、その右腕を振り抜けないように左掌で押さえた。


(おいッ、少しは手加減しろよ!!)

(“辺境の英雄” と刃を交わせるなんて貴重だし、活用させてもらうよ)


 客席に聞こえない小声で苦情を伝えると、おどけてみせた優男な第一王子は肉迫の状態より飛び退き、剣戟けんげきが有効となる間合いを取り直す。


 短い呼気を挟んで連続的に繰り出される迅雷のごとき刺突や、隙あらばの斬撃を剣腹でらしたり、巧妙な体さばきでかする程度にとどめていれば、もはや剣劇ではなく剣闘の様相ようそうとなった現状に観客のどよめきが起こった。


「なにこれ、闘技場の試合?」

「うん、中央の二人だけ浮いてるよね」


「ッ、大丈夫なのか」

「公演中の事故とか、洒落しゃれにならんぞ」


 近場の席より漏れ聞こえた声に賛同しつつ、眼前で器用に模造剣を振るう相手は、まごうことなき継承権持ちの王族だしなと付け加える。


 その眼差まなざしで伝わる期待感や熱量、“どんな剣戟けんげきでも受け止めてくれるんだろう?” という、ルベルトの信頼は我が師サイアスに通じるものがあって、ありていに言うと面倒きわまりなかった。

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