第179話

「一応の想像は付くが聞いておこう、誰だ?」

「争乱の元凶となった “魔女” に御座います、我が王」

 

 細い左肩を強引に押し下げられ、眼前にひざまずかせられた令嬢の出自をたしかめると辺境伯は予想通りの言葉を添えて、これまでの仔細しさい滔々とうとうと語り出す。


 因縁の相手が直接統治する領都に攻め入ったおり、その娘を捕らえて手元に置いたとの事だが、何故なぜ今になって報告するのかとただした瞬間、初老の貴族は片眉をしかめた。


 暫時ざんじ逡巡しゅんじゅんを挟み、気まずそうな顔で内情を明らかにしていく。


「手札になるかと押さえていたものの、うちの婚約破棄された馬鹿息子が色欲におぼれ、手籠めにしようと狼藉を働いたゆえ、身柄を引き渡したいと考えたのです」


「末代までの恥だな… 分かった、こちらで処分しよう」


 深い溜息を零して、腰元の鞘から軍刀を抜き、静かに黙っていた娘へ酷薄な眼差まなざしを向ける。


 税で優雅に暮らす貴族の家系でありながらつがう相手を選び、隣国と結んだ休戦条約を反故ほごにさせたことで、戦争の切っ掛けを生んだ罪は大きい。


 たとえあずかり知らない内に婚約が取り決められていようと、まかり通らないのは王侯貴族の常識であり、我欲がよくで幾千もの兵卒や臣民をいたずらに死なせてしまうのは論外だ。


 そう糾弾すれば肩の荷が降りたような、安堵あんど感のある表情で囚われの娘は微笑み、いさぎよこうべを垂れた。


「私の愚行で失われた命の数を考えたなら、ひとつで足りるとは到底思えませんが、ご随意ずいいになさってください、黒の王」


「…… 許せ、思い違いがあったようだ。ままならぬな、人の世は」


 所詮しょせん、自分勝手なだけの小娘だと侮っていた浅慮せんりょび、様々な事柄が悪い方向に転がったことで、武力衝突にまで至ったのだろうと認識を改める。


 そのせいで振り落そうとする刃に迷いが生まれた刹那せつな、舞台そでより小道具の矢が飛来してきた。


 これは直前の場面にいて寡勢かぜいで大軍を破るため、密かに丘と小高い山がある地形まで自軍を追跡してきた銀の王が放った鏑矢かぶらやであり、身をひるがえす動きに合わせて剣腹で打ち払うも… さらに敵兵らの射撃が続き、矢雨が降ってくる。


「すべて撃ち尽くせ、一本も残すな!」

「「「おうッ!!」」」


「ぐうぅッ!?」「あぁ… 胸、に矢……」

「くそッ、丘陵地を取られている! 斥候は何をしていた!!」


 麾下きかの者達をたおされた側近が怒鳴るかたわら、黒の王たる俺は若干のアドリブなどまじえて、神速の斬撃と体さばきで連続的に襲い掛かる矢をしのいでいく。


 その絶技に中央広場を埋め尽くす観客より、ざわめきと歓声が沸いた。


「「「ぉおお……」」」

「何、今の?」「すげぇ……」


 かすかな言葉を聞き取り、こっそり口端を緩めていれば、矢が飛んできた方と反対側の舞台そでから、新たに手勢の兵卒らが駆け付ける。


 彼らが手にするのは、狭くて高低差のある地域を進むにあたり、立ち寄った村々にて強奪させた戸板であり、存分に矢避やよけの役割を果たしていた。

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