第183話

「あ、ちょっと待って!!」


 監督役に報酬をもらい、共演者の数名とも言葉を交わした後、舞台裏の片隅で待つ半人造の少女ハーフホムンクルスらと合流すべく、一歩目を踏み出した瞬間に呼び止められてしまう。


 声の主は出演の契機けいきとなった女性脚本家であり、謝肉祭の演劇が上手くいったことで上機嫌なのか、にこやかな笑顔を向けてきた。


「ある程度の始末が済んだら場を離れて、貸し切りの食堂で打ち上げをするんですけど、夕食を兼ねて参加しませんか?」


「お、いいね、私達も歓迎するよ」

「舞台が中止をまぬがれたのも、あんたらのお陰だしな」


 近くに居合わせた役者や、裏方達に異論はないようでこころよい言葉を掛けてくれる。


 彼らの話だと仮設舞台は翌日以降も他の用途で使うらしく、そのまま中央広場に残置ざんちされるため本格的な片付けは明日で構わず、ほど待たせもしないとの事だ。


「ん… 連れ合いも一緒ならやぶさかではない」

「おぉう、何気なにげに劇中でなくともモテやがるな、兄ちゃん」


「いや待て、黒の王は野郎に囲まれていただろう」

「ふふっ、違いありませんね。それはさておき、向こうと合わせて七人ですか……」


 ちらりと脚本家が一瞥いちべつした先、やや不満そうな猫虎人の双子姉妹に割り込まれて、主演女優と寸断されたルベルトがいる。


 ぷち修羅場といった状況だが、の優男と劇中でキスを交わした娘は面白がって、均整の取れた肢体をり寄せたり、軽く抱きついたりと火に油を注いでいた。


「ルー先輩、どいて、そいつ倒せない」

「お望みとあらば、諸共もろともしつけてあげるけど?」


「ッ、二人とも落ち着け、色々と弁解の余地はあるはずだ!」

「あははっ、直情的で可愛いね、子猫キティちゃんたち」


 呵々かかと笑う若い娘を見遣みやりながら、結構いい性格をしてたんだなと呆れる。


 仮に “銀の王” をやらされていれば、嫉妬深そうなフィアとウルリカに責められたのだろうかと、きもなど冷やしている合間に主計しゅけい係の同意を取り付けたようで、こちらへ脚本家の女性が戻ってきた。


「追加の人数分くらいなら、予備費から出してくれるみたいです」

「では、お言葉に甘えさせてもらおう」


 飯代が浮くのは悪いことでもないため、遠慮なく手招きで身内を呼び寄せれば、ふりふりと黒毛の尻尾を揺らすウルリカに続き、姉代わりの二人もやってくる。


 諸々もろもろの話を端的にい摘んで伝えると案の定、現金なリィナが秒で喰い付いた。


「奢ってくれるのに断る理由は無いよね、ダーリン♪」

「えっと… 私達まで宜しいのですか?」


「ふふっ、構いませんよ、司祭様」

「劇が中止になっていたら、主催の商工組合ギルドと揉めるのは必至だったからな」


 最悪、全額ではないにしろ、劇団に払ったかねの返還を迫られそうだと前置きして、近場にきていた監督役の大男が苦笑する。


 その後方より歩み寄ってきた疲れ気味の第一王子や、いまだに不機嫌な双子姉妹とも幾ばくかの立ち話を挟んでから、打ち上げの会場となる大衆食堂へ向かった。

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