第177話

 ちなみに物語は若くして玉座を継ぎ、激務に明け暮れていた銀の王が大病をわずらい、優秀な治癒術士を求めて訪れた隣国の都市から始まる。


 三ヶ月に及ぶ治療の末、健康になりつつあった彼は身分をいつわり、滞在先で開かれた謝肉祭へ出向いて、暴漢にからまれている年若い町娘を救った。


 それを切っ掛けに二人の仲は深まっていく訳だが… 舞台そでより眺めていた愛を誓う場面、中央広場にめかけた観客らの衆目がある中で、優男と主演女優の唇が軽く触れ合う。


 ちらりと最前列の関係者席に視線を移せば、やや頬を朱に染めている司祭の娘らと対照的に、猫虎人の双子姉妹は不愉快そうな表情を浮かべていた。


 このまま劇が進めば、嫉妬をつのらせた二人に引っかれるのでは? と、第一王子の心配しているうちに次幕へ進み、国境付近の土地で起きた “婚約破棄” の顛末てんまつげられてぶち切れる黒の王、つまり俺の出番がやってくる。


 くだんの町娘も実は身分を隠した貴人であり、とうにとつぎ先が決まっていたのだ。


「馬鹿なッ、臣民のことを考えてないのか、色に狂った馬鹿どもめ!!」

「恥をかかされた辺境伯は軍勢を集めて侵攻、近隣の諸侯も呼応しています」


「恋は盲目、火遊びの代償が見えてなかったのでしょうな」

「いや、その相手は銀の王だとか、縁戚えんせきとなる利を取ったのやもしれんぞ」


 憶測をべる側近のどちらが正しかろうと、代替わりしたばかりで麾下きかの人心掌握につとめている黒髪緋眼の王に取って、迷惑なこときわまりない。


 しかも既に火蓋ひぶたは切られており、志願兵や徴兵も逐次投入されていく状況のため、判断を誤ると国境沿いの地域に住む人々の命が失われてしまう。


「中央から旅団規模の騎兵を出せるように手配しろ、それに並行して交戦国の王と、銀の王に書面を送るぞ」


「前者は落とし処の相談、後者は不参戦の確約を取るといった内容ですか?」

「あぁ、そうだ。これ以上、ややこしくなってはかなわん」


 億劫おっくうな表情で次善の手を打ち、町娘にふんしていた貴人の父親にあたる領主貴族が不義の賠償金を支払うか、問題となった娘を差し出すように仕向けるも… 今度は息子の婚約を破棄されて怒り心頭な辺境伯や、近隣諸侯らが止まらない。


 元をただせば国境などへだてて隣接する双方には先々代からの係争けいそう地があり、南西部の一帯を巻き込んだ凄惨な戦争があった上で、生まれたての娘と息子を婚約させるという形の和議が結ばれていた。


「当時、戦場で跡取りや郎党を失った貴族らも、顔に泥をられた側ですからね」 

「馬鹿ばっかりだな! どいつもこいつも!!」


 苛立いらだたしげな叫び声が玉座の間に響き渡り、むなしく溶け消える。


 これから争乱に巻き込まれるであろう中央の軍勢、それを率いる側近らも近しい心情なれど、右掌で顔をおおった主君にこたえる者はおらず、この場にける幕が下りた。

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