第176話

「銀髪碧眼と黒髪緋眼、民間伝承の通説より年若いけど… うん、二人とも精悍せいかんな男前だし、というかほぼイメージ通り?」


 獲物を狙う鷹のごとき目にさらされ、嫌な予感がして一歩だけ身を引いた俺の隣、ぐいぐい迫ってきた脚本家にルベルトが片方の手首をつかまれる。


 近くにいた虎猫人の双子姉妹が瞳をすがめて、若干の不快感をあらわにする中、彼女はまくし立てるかのような勢いで喋り出した。


「『銀の王』、謝肉祭の定番演目ですから、知ってますよね!!」

「あ、あぁ… 一応、市井しせいの劇場で何度か観ている」


「第三章、悩んだ王がこぼした台詞セリフは?」

「『隣国への侵略を見逃せば我々にも被害がおよぶ、されども私怨で動きたくはない』」


 見せ場に入る少し前、ほど記憶に残らない場面の言いまわしを素直な優男がそらんじれば、つつましやかな淑女レディの胸元へ運ばれた左手が両掌に包まれる。


「すみません、一生のお願いがあります」

「いきなり重いわね」「ルー先輩とは初対面なのに」


 不機嫌そうに呟いたセリアや、セリカにも負けず、“主役を演じて欲しい” と言って退け、諦めの悪い脚本家はすがりつつも上目づかいを向けた。


 人の良い第一王子が押し切られていく様子を眺め、ご愁傷様と思って静観していれば流れ弾が飛んでくる。


 やはり、俺の存在も計算に入っていたらしく、優柔不断なルベルトと監督役の了承を取り付けた彼女はこちらに振り向き、逃がすまいとにじり寄ってきた。


「貴方にも折り入って……」

「黒の王役ね、関係者用の特等席、三人分と謝礼金で手を打つわ」


「また、勝手なことを」

「どうせ最後は “情にほだされる” んでしょ、ダーリン?」


 損得勘定で動く振りをするのは時間の無駄だと、揶揄やゆしてきたリィナの指摘に反駁はんばくすれば、最たる証拠がここにあると妹分の背後へまわり、その両肩をつかんで突き出す。


 数ヶ月前、王都の地下墓地カタコンベに放置され、瀕死の状態だった廃棄奴隷の人狼娘は不服そうに目を座らせるが、瞬時の判断で大げさによろけながら抱きついてきた。


「…… 役得、好機は逃さない♪」

「ふふっ、ウルリカはしたたかですね」


 微苦笑をにじませたフィアはさておき、何の寸劇を見せられているのかと戸惑い、反応にきゅうする劇団員らを代表して、咳払いをした脚本家が語り掛けてくる。


「席の手配は良いとして、お金は少額しか出せないわよ?」

「はぁっ… 致し方ない、引き受けよう」


 ぴこぴこ動くケモ耳を触りつつ、溜息交じりに答えれば気をよくした相手は監督役と打ち合わせて、開演時刻を半刻足らずほど遅らせることなど取り決めていく。


 さらにり取りを見ていた猫虎人の双子姉妹が再交渉して、俺達と変わらない協力条件を取り付ける一方、決定権のない野郎二人は突貫で只管ひたすらに脚本や、立ちまわりを覚えさせられるという理不尽な目にった。


 ただ、そろって記憶力が良いため、すぐ劇中の台詞セリフを交わし合える状態になったことから、そこまでの苦労があった訳ではない。


「物語の大筋を知っているのを差し引いても凄いな、あんたら」

殺陣たても完璧だし、いい役者になれるぞ」


「そう言ってもらえると嬉しいよ、ありがとう」

「まぁ、こっちは脇役で銀の王と比べたら、負担は少ないけどな」


 ほがらかに笑う優男や共演者達と限られた時間で段取りをめ、相応の準備に加えて覚悟も済ませていたら本番数分前となり、やがて仮設舞台の幕が開けられた。

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