第175話

「医術の知識はあるから、何か手伝えると思ったけど」

「うわっ、本職に任せた方がいいよ、ルー先輩」


 負傷の箇所かしょが血濡れになっている様子にひるみ、いつもは好奇心旺盛な瞳を曇らせた猫娘に言及されて、お忍び中の第一王子が身を引く。


 双子の妹であるセリカと同じ見解なのか、シックなドレスに合わせた扇子で顔の一部をおおい、黙り込んでいるセリアも静観を決めたようだ。


「では、僭越せんえつながら私がさせて頂きましょう」


「っ…ぅ、すまないが、優しく頼む、本当に痛いんだ」

「世話になる、嬢ちゃんは地母神派の神官か?」


 右腕に傷を負った役者が女司祭という分かりやすい特徴から、当てずっぽうで放った言葉に応じて、もう一人の膝を触診し始めたフィアの表情に影が差す。


 そのまま患者を変えて同様の行為を済ませると、重めの溜息を吐いた。


「どうなんだ、怪我の具合は?」

「二人とも裂傷の他、かなり “複雑に骨折” しています」


 居ても立っても居られない監督役に問われ、忸怩じくじたる思いで司祭の娘が端的たんてきに答えるも、大多数の劇団員らは治癒術にくわしくないため、心配そうに見守るのみ。


 現状にける適切な対処を考えて黙り込んだ幼馴染に代わり、“しょうがないなぁ” と俺の耳元で囁いたリィナが言葉を補足する。


「つまり、この場で治せるのは表面的な部分ってことね」

「事前の外科処置を挟まず、魔法で代謝だけ促進しても悲惨だからな」


 微細な骨片が残ったまま筋組織等を急速に再生すると、残留物が周辺の神経を圧迫して、身体麻痺の症状を引き起こし兼ねない。


 さらに変な形で骨折部が繋がってしまえば、やはり日常に支障をきたすような後遺症が残ってしまう。


(輪廻の狭間、“邯鄲かんたんの夢” でファラオに不老不死を研究させられた古代医の人生も経験したが… うつつだと教会諸派認定の薬師止まりだし、手術道具もない)


 命に別状が無さそうな手前、無理をする必要がないのは当然であり、フィアが選んだ治療も手持ちの包帯による止血、木材を使った負傷部位の固定にとどまった。


 結果的に神術ではなく、医術に頼る結果となったので自信が持てないのか、司祭の娘はそばに来ていたルベルトと俺をうかがい、無言の視線で意見を求める。


おおむね、問題はないと思うよ」


「そうだな、後は外科医に任せるべきだ」

「ご主人なら、治せ… むぐぅっ」


 極論、治癒魔法のつかい手と協力すれば人体錬成も可能ではあれど、らぬ事を喋ろうとするウルリカに対して、口元へあてがった右掌で黙らせているうちに一段落着き、怪我人らは仲間に付き添われて立ち去った。


 毎年、祭りの人出によって人身事故も増えることから、多忙な状況にある医者にてもらうまで、恐らくは結構な待ち時間をろうすることだろう。


「ぅう、どうするのよ、舞台! 折角、書き下ろした私の脚本が!!」

「“銀の王” と “黒の王” の役者がそろって抜けたんだ、いさぎよく諦めるしかないさ」


 頭を抱える二十歳前後の女性脚本家? の肩など叩き、腰元の革製ホルダーにのこぎりのみを吊り下げた大道具担当がいさめるも、いきどおりは簡単に収まらない。


 所在なく某公子らと一緒に眺めていたら、落ち着きのない相手がこちらに気づき、じっと真剣な眼差まなざしで見つめてきた。

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