第174話

 その味わいを噛み締めるひまもなく、路傍ろぼうむつみ合う俺達を見ていたフィアが近づき、さっき確保したつつみを開ける。


 白く繊細せんさいな指先で小さなドーナツを取り出すと、微笑みながら差し出してきた。


「ジェオ君、あ~ん♪」

「対抗心を燃やすなよ、まったく」


 衆人環視の状況に気恥ずかしさはあっても、ほとんどの者達が通り過ぎる仮装行列や身内に傾注けいちゅうしており、特段の関心を向けられることはない。


 別に構わないかと割り切って、もう一個だけ司祭の娘に謝肉祭の菓子を食べさせてもらえば、伏せ耳となった人狼娘が何もない両掌を凝視した。


「くっ、ご主人にあげるのない… 一生の不覚」

「多少の時間を挟んで夕餉ゆうげの頃合いだし、変にこだわらなくていいぞ」


 追加分の揚げ菓子を確保するため、メイド服のスカートよりのぞく尻尾をくゆらせて、虎視眈々と狙い始めたウルリカに言い聞かせている途中、小さなリィナの唸り声が耳に入ってくる。


「ん~、今から屋台でまむのも微妙かな、だったら……」

「待ち時間は半刻ほどありますけど、広場で『銀の王』をましょう」


 右掌で口元をおおいながら考え込む幼馴染に向け、さも良案を思いついたかのようにフィアが誘導するも、本人におさえ切れない興味があるのは既知きちの事柄だ。


「冒険者組合ギルドで勧められた数年に一度の演劇ね、どうするダーリン?」

「付き合おう、下手に断ると当番日の食事が粗雑になってしまう」


「それはダメ、絶対」

「うぐっ、そんなことしません!!」


 根に持たれるのは御免被ごめんこうむりたいと揶揄からかうことで、可愛らしく頬を膨らませて抗議する司祭の娘など堪能たんのうしてから、街の中心地に足を運ぶ。


 こちらの探索中に建てられた仮設劇場へ辿り着き、前方の空席を求めていると影にひそませた魔獣オルトロスの気配が感じられて、王立学院のともがら達を発見するにいたった。


「あの着飾った猫虎娘、セリアとセリカだな」

「多分、隣にいる人は変装したルベルト殿下ですね」


 小さく囁かれた言葉の通り、仲むつまじい双子姉妹に両側より密着されて、歩きずらそうにしている優男はの第一王子で間違いない。


 余計な冷やかしは自身に返ってくるので、少なくない距離を挟んだまま会釈えしゃくだけ済ませて去ろうとすれば、何かが崩れる音と悲鳴が響く。


「なんだ!?」「舞台裏の方だよな?」

「おいッ、大丈夫か!!」


 騒ぎ出した群衆のうち、行動的な一部の者達に続いて舞台裏へ向かうと、演劇関係者らが倒れ伏した二人の役者を囲み、心配そうに見つめていた。


 近場に殺陣たてで扱う木剣や、板金ばんきん補強された演出装置の大滑車が落ちているあたり、本番前の稽古中に予期せぬアクシデントでも起きたのだろう。


「くッ、左膝が… 立てない」

「畜生、こっちは右腕が上がらねぇ」


「無理すんな、折れてるやもしれんぞ」

「誰か、治療の心得こころえがある奴はいないか!!」


 介抱する劇団員の見立てを受け、監督役らしき大男が叫んだ時点で巻き込まれる覚悟を完了させ、躊躇ちゅうちょなく動いたフィアに付き従えば… 先ほどの公子と鉢合はちあわせた。

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