第173話

 何気なく王都の街並みを歩き、計画的な都市の構造に導かれて、中央広場へ誘因されていくと、手を繋いで歩いていた人狼娘が突然の苦鳴など漏らす。


「痛っ、なんか飛んできた、お菓子?」

「さもありなん、謝肉祭だからな」


 頭頂部のつむじに当たり、眼前へ跳ね落ちてきたつつみを種族特有の動体視力にて補足しつつ、片手でつかみ取ったウルリカに前方の山車だしと仮装行列を示せば、次の分が青空へ放り投げられた。


 天高く放物線を描いて、重力加速度の法則に従い落下する “善意の品” はあなどれない威力を秘めており、直撃しないように注意を払う必要がある。


 されども、それを待ち望む者達がいるのは確かで……


「「神に感謝を!!」」


 収穫祭で言うなら、“菓子か、悪戯かTrick or Treat” に類する意味を持った祭り定番の掛け声が聞こえて、道沿いの建物へ視線を移せば二階の窓辺に幼い兄妹がおり、抱えた籐籠とうかごを小さく揺らしながら投げ入れてくれと強請ねだっていた。


 それに気づいた白い仮面の男が数個をまとめ、山なりの軌道で空中へ放り出すと腕前が良かったのか、狙い通りのところに吸い込まれていく。


些細ささいな物だけどさ、謝肉祭でもらうと特別感があるよね」


 余所見よそみの隙に得たのであろうつつみを開いて、あらわになった揚げ菓子をリィナが桜色の唇でむと人狼娘も見倣みならい、通常と比べて半分ほどの小振りなドーナツに齧り付いた。


「ほんのり染みた蜂蜜、き」


珈琲コーヒーと合いそうだな」

「むぅ、ご主人が飲んでる熱くて苦いやつ、好きじゃない」


 細くすがめたジト目の妹分をフィアが生暖かい目で見遣みやり、お子様味覚だと遠慮なく指摘しそうな幼馴染に向けて、なつかしげな表情を湛えたまま語り掛ける。


「私達がウルリカくらいの頃も、教会は謝肉祭の無礼講に関与しない方針だったので、お菓子を集めに修道院から抜け出して怒られましたね」


「まぁ、みんなで食べるだけの数は確保できて、没収もされなかったのを良いことに二年連続でやったら、数時間の耐久懺悔をいられたけど……」


 今となっては “貴重な思い出” だと、実家のメイドを勤めるクレアも含めて、親友らをそそのかしたであろう半人造の少女ハーフホムンクルスが悪びれもなくのたまう。


 その件に関しては同意だったようで、飛んできたつつみに聖槍の穂先を当てて弾き、左掌に落とし込んだ司祭の娘がうなずいた。


「侍祭候補になって以降、二人の暴走を止める側にまわりましたが、否定はしません」

「むぅ、あの頃は出世頭しゅっせがしらの足を引っ張らないよう、色々と自重したのに酷い」


 よよとなげき、しな垂れ掛かってきたリィナの身体を抱き止めれば、お裾分すそわけとばかりにかじり掛けの揚げ菓子を口腔こうくうへ突っ込まれる。


 反射的に咀嚼そしゃくするとにぎやかな祭りの空気感や、通りにいる人々の笑顔もあいまって、生地に染み込んだ蜂蜜がとても甘く感じられてしまった。

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