第172話

 所変わって、某派の教会では穏やかな時間が流れており、いつも通りに日々の勤めなど果たす聖職者や修道女シスターズらを見る限り、特別な期間であるようには思えない。


 それもそのはず、謝肉祭の原型は四旬節しじゅんせつに備えた “断食前夜” の慣習だが、俗世の人々が積極的に曲解して広めた結果、馬鹿騒ぎするだけの慣習にり下がっていた。


「…… という訳で、もはや宗教的意義は微塵もありません。なげかわしいことですけど、息抜きが求められるのは世の常、地母神派は否定も肯定もしない方針です」


「どうでもいい、早く帰る」

「いや、お前… 散々、世話になっておきながら、失礼だろう」


 余計な御託ごたくらないと、大司教たるディアナの蘊蓄うんちくを切り捨て、不機嫌そうな人狼娘が俺の服すそを引っ張り、大聖堂の出口へ連れて行こうとする。


 聖マリア教会へ預けたのを根に持っているのか、取り付く島もないウルリカの様子に困って司祭の娘を一瞥いちべつすれば、引きった表情で上司の顔色をうかがっていた。


「すみません、ご飯とか抜きで分からせておきますので」

「うぐっ、異教の司祭、横暴……」


「ふふっ、同志フィアの気持ちは頂いておきます」

「祭りの時しか出まわらない料理もあるし、指をくわえて眺めるだけなのは酷だよね」


 此処ここに来る道すがら、幾つかの店舗や屋台に目移りしていたリィナが合いの手を入れ、“勿論もちろん、何か食べて帰るんでしょう?” と期待がこもった視線を投げてくる。


 いつもなら高確率でおごらされる運命なのだが、某教授らが冒険者組合ギルドたくした多額の報酬を幼馴染と一緒に彼女も受け取っており、今日に関しては心配ない。


「そうだな、午後の祭りを楽しんだ後、何処どこかで夕餉ゆうげを摂ろう」

「家で料理を作るには疲労が抜けてませんし、恒例の “お約束” もありますからね」


 やんわりと微笑んだ司祭の娘が言及したのは、組合ギルド登録がないために直接の分け前をもらえず、間接的にも規約違反となってしまう俺への配慮である。


 依頼にもとづいて探索や討伐へおもむき、何らかの形で金銭の受領が発生した場合、ご相伴しょうばんに預かるのが数年ほどの習慣となっていた。


「私達も謝肉祭を免罪に掲げ、食文化を楽しみましょう」

「~~♪ ふところが潤ってるから、期待して良いわ」


何故なぜ、どや顔… 二人のおごり?」

「総出の探索はウルリカを迎えて以降、初めてだったか……」


 最近は学業と製紙工場のからみで忙しく、皆と出掛けるような機会もなかったので、状況を飲み込めない妹分に向け、ざっくりとした事情を半人造の少女ハーフホムンクルスが伝える。


 くてんと人狼娘は愛らしく小首をかしげ、不思議そうにこちらを見遣みやった。


「どうして、ご主人は登録しない?」

所謂いわゆる、“お貴族様” は冒険者組合ギルドに嫌がられるんだよ」


 為政者いせいしゃたぐいは顧客であって、危地で肩を並べるともがらではないという暗黙の了解があり、様々な手管てくだこばまれたのは苦い記憶になっている。


 ただ、客観的に考えると領主の跡取り息子を受け入れ、その身に何かあれば大きな責任問題となり兼ねないのも事実。


「立場があると動きがたくなりますよね、一兵卒に戻りたい」


 あんたは聖職者じゃないのかと突っ込みたいのを必死にこらえて、護民兵団が幅をかせる地母神派にありがちなディアナの戯言を聞き流す。


 また、長い話になってもかなわないため、軽い同意と共に改めての謝意を述べ、回収済みのケモ耳少女を連れてにぎわう市街地へと移動した。

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