第171話 幕間 ~とある食堂にて~

「我らが故郷、港湾都市ハザルと俺達の前途ある未来を祝って!」

「ま、若君わかぎみには心づけをもらったしな」


「かんぱぁ~い!!」「乾杯!!」


 六本肢の偽竜をたおしてから三日った日の午後、冒険者組合ギルドのグラシア本店に併設された食堂の一角で、“廃都に至る地下迷宮” より帰還した一党が祝杯を挙げる。


 主役の座にいるべき領主家の嫡男らは “教会に預けたものを取りに行く” とのたまい、早々に立ち去ったので姿は見えないが……


 受付嬢に依頼達成の報告をしたおり、危険種討伐の証拠となる大きなマナ結晶体を提示しつつ、状況確認へ向かう職員の手配も頼んでいたのは公然たる事実。


 多くの者達が信憑しんぴょう性のあるり取りを目撃しており、浸食領域の中層に進出できるかもしれないことや、“謝肉祭” の時期に片脚を突っ込んでいるのもあいまって、食堂内の各テーブルはにぎわっていた。


「給仕のねーちゃん、こっちもエールの御代わりをくれ!」

「おい、注文した仔羊のあぶり肉はまだか!!」


「あ~もう、ちょっと待ってください」

「鋭意、調理中です!!」


 お盆片手に忙しなく動きまわって、にわかに活気づいた客をさばく店員達は気の毒であれども、稼ぎが増えそうな冒険者らは盛り上がってとどまるところを知らない。


 幾ら次元の揺らぎを通じて魔物などが浸食領域へ呼び込まれるにしろ、限度というものがあるため、偽竜の “足止め” と低層にける “迷宮産資源の枯渇こかつ” は誰もが気に病んでいたのだ。


「これで遠くの狩場に出掛けたり、雑用で糊口こぐちしのいだりの状況も改善されるぞ」

から喜びに終わらないと良いがな」


「話の出元がウェルゼリア卿のご子息だから、大丈夫だろう」

「くだらない嘘で信用を毀損きそんする愚は犯さないはずだ」


 ゆえに正式な組合ギルドの発表を待たず、タラスクが討伐されたと受け入れて、おりしもの謝肉祭を大半の皆々が純粋に楽しんでいる。


 一部には新しい探索計画や、第十二層にある迷宮街の復興について話し合う連中もおり、動きやすくなる初春に備えた今後の予定も俎上そじょうに載っていた。


 暫くの間、金等級の実力者しか中層以降に降りていなかったことから、魔物の分布状況や個体数の現状調査を行う必要があるのに加えて、中継地点の再整備にも人手が掛かるので、組合ギルド発行の特別依頼は急増すると考えて良い。


「幸先が良いねぇ、“辺境の英雄” 様々だよ、ほんと」

「じゃあ、私達も黒髪緋眼の若君わかぎみに乾杯!」


「紙幣をる官僚に過ぎず、戦闘ははべらせている女頼みという話は違ったようだ」

「あぁ、本人も相当に腕が立つらしい、学院の中等科に通う従妹が惚れ込んでいた」


 極少数の偉大な功績を残した傑物けつぶつに認められる白銀等級、その被認定者に比肩ひけんするかもなとうそぶいて冒険者の一人が安酒をあおるも、すべては机上の空論である。


 ほぼ酔っ払いしか居ないため、そこから過剰な噂が独り歩きを始めてしまい、偽竜討伐の余波が落ち着くまで某領主の嫡男を困らせるのだった。

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