第170話

 なお、服が乾かないので困っていれば、追加の流木を丁度いい長さに実用的ななた剣で切り、火にべていた半人造の少女ハーフホムンクルが素朴な疑問をていする。


「水まわりのことなら、お手の物じゃないの、ダーリン?」

「そんな都合のいい方法が… あるな、常識に囚われ過ぎたか」


 冷静に考えた場合、洗濯物が乾くのはヴァネッサ女史の語る “エントロピーの法則” に従い、水の分子が低密度な大気中へ拡散する結果に他ならない。


 つまり、属性魔法による緻密な操作をって、繊維中に含まれる水分を外へ移動させると衣服が乾く訳だ。


「うぐっ、またダーリンが意味の分からない独り言を……」

「あとでちゃんと教えてくださいね?」


 知識層と見做みなされる立場ゆえか、見聞を広めたいとのたまう司祭の娘に見守られながら、焚火のそばへ置いた衣服に右掌を向ける。


 実際、試してみるとことほかに面倒であり、かなり高度な魔力制御も必要になることから、特段の事情がない限り、積極的にやりたいと思えないのは理解できた。


「むぅ、洗濯に役立つ生活魔法が生まれるかも? と思いましたけど」

「ん~、簡単じゃないよね、発明って」


「あぁ、同様の発想に至った者もいるはずだが、どうにも費用対効果コストパフォーマンスが悪すぎる」


 それで普及しなかったのだろうと結論づけ、いそいそと乾いた衣服を身にまとう。


 人前に出られる格好となってから、安全な距離で待機するように指示した補助役の者達を呼ぶため、さりげなく着替え中の俺に熱視線など送っていたフィアを頼り、五秒間隔で真上に向けた閃光弾の聖魔法を二発撃ってもらった。


 光苔を始めとする植物の他、何らかの作用で天井や壁面も発光しているとはえ、ほの暗い地下迷宮にいて討伐完了の合図を見間違えることはない。


 しばらく待てば興奮気味な自領出身の冒険者ら四名が姿を見せて、こちらと自身の荷物を抱えつつも、急ぎ足で歩み寄ってきた。


若君わかぎみ、お疲れ様です」

「うわっ… 思ったよりデカいんですね、偽竜」


「まるで本当の竜種みたいだな」

「また名声が王都に響きますよ、二輪の華も含め」


 “余計な厄介事に繋がらなければ良いが…” と、軽装戦士の賛辞に片眉を跳ねさせるも、まんざらではなさそうなリィナとフィアが微笑む。


 前者は荒事稼業で生計を立てる身として、後者は地母神教会の威光が高まる点で好ましいと考えたようだ。


「~~♪ 上手くいけば、今回の危険種討伐で昇格するかも?」

「ふふっ、次は金等級ですね」


「いいなぁ、羨ましいな~」

「俺達もついでに銀等級とかは… 単なる補助役だし、無理か」


 微苦笑を浮かべた大剣つかいや、魔道具つかいの娘もまじえて若い冒険者同士、楽しげに喜び合う姿など見てしまうと若干の疎外そがい感を禁じ得ない。


 この場で一人だけ、皆と同じ組合ギルドに属さない依頼主を気づかい、何やら洞察力のありそうな弓使いが大仰おおぎょうに肩をすくめた。


「本来、貴方は手駒を使う側の人間です、致し方ないかと」

「分かっているさ、それよりも目的を果たそう」


 あくまでも探索の主旨は素材の採取にあり、其々それぞれ別の用途で求めている錬金科と考古学科の教授らに恩を売るため、湖沼の周辺に咲く稀有けうな釣鐘草を皆で探す。


 筋骨隆々な体躯たいくにもらず、老教授の描いた絵が繊細かつ精緻だったのに加え、長らく採取可能な環境でもなかったので、比較的容易に必要量を確保できた。

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