第168話

「グウゥ――ッ―――ツッ!?」


 硬い甲羅にひびを刻まれた挙句あげくもろくなった箇所から血肉諸共もろともに爆散させられて、無視できない傷を受けたタラスクが忌々しげな雄叫びを上げ、湖沼へ頭を向ける。


 余人に比べて濃密なマナを内包するため、こちらが美味しそうな “御馳走” に見えようと、割に合わない事実を悟ったのだろう。


 脇目も振らずに逃げ出した偽竜は近場の水際みずぎわへ至り、片膝立ちの俺を背中に乗せたまま沈んでいくが、そうは問屋がおろさない。


 あわよくば優位を得られる地形に引きり込み、逆襲など狙うといった魂胆も感じられる状況で左掌を突き、その大きな躯体くたいを触媒代わりにして自身のマナと、水中に含まれるものを干渉させた。


「年貢の納め時だな、水辺でのは俺も一緒だ」 


 左腕の手甲に形状をえさせた魔導書『ルルイエ異本』の権能もあって、大量に生じ続けるマナ由来の魔力を注ぎ込み、湖岸一帯を水面下まで凍結させていく。


 最初こそ膂力りょりょくと重量に任せて、強引に歩み続けていた巨獣も動きを止め、ついには浅瀬で立ち往生する事態と相成あいなった。


「ッ、ウゥ」


 急激な温度変化で不調におちいり、活発な行動ができなくなったタラスクと同じく、氷漬けにした側の自身も甲羅の上で白い息を吐き、極端な寒さに震える。


 少しやり過ぎたかと思いつつも、凍っている部分の境界付近へ飛び降り、秘蔵の “青い灰簾石タンザナイト” に過度なマナをめてから水没させた。


「さて、海都に眠る旧支配者はお気に召すかな?」


 帰郷のおり、中東経由で港湾都市へ持ち込まれた南方大陸の代物しろものという触れ込みで、既知きちの商人に売り付けられた貴石を核として、水棲すいせいの眷属を呼び寄せれば……


 ドンッと凄まじい水柱が立ち、人間の倍にあたる身長を持つ水で構成された妖艶な戦巫女が頭上に顕現けんげんして、瀟洒しょうしゃかつ透明なドレスのすそを優雅にひるがえすと、空中で水晶の戦斧ハルバードを構えた。


『いあ、いあ、くとぅるふ、ふたぐん』

「…… 清廉せいれんな見掛けに反して、やはり中身は魔性のたぐいか」


 いつもの水妖たちと変わらず、何やら意味不明な言語を喋り出せども、魂魄の繋がりで守護精霊? のようなものだと感覚的に理解できてしまう。 


 敵にまわすと厄介なのだろうが、味方である分には問題が無いと結論付けて、高まるマナの収束に応じて振り向くと偽竜が喉の皮膚をあかく輝かせ、口腔こうくうに業火の焔をちらつかせていた。


「氷と火なら水蒸気爆発はしないだろうが、面倒だな」


 凍った湖による正面の拘束をくため、吐きこぼされた炎熱のブレスがうように忍び寄り、こちらに退避を強要する。


 取り敢えず、斜め後方へ飛び退いて足裏が湖沼の水に触れた瞬間、そこから氷結魔法を発動させることで浮氷ふひょうなど作り、不安定ながらも即席の足場とした。


 その動きに追随ついずいして、空を滑るように海都ルルイエの戦巫女もついてくる。


 他方、巨躯きょくを割り込ませて、わずかに前進したタラスクは二射目を放つべく、大顎おおあごの奥に再度の焔をともしていた。



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身の丈3mほどある水の戦巫女は某漫画に於けるスタンドのようなものです(笑)

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