第164話 ~とある雇われ冒険者らの一幕~

 風呂上がりの人狼娘が四つあしの獣姿になってくれと、何度も強請ねだるディアナに押し負けて、もふもふな黒狼形態のまま天蓋付きのベッドで一緒に安眠していた頃……


 偽竜のせいで深く潜れない冒険者らによって、低層の魔物が間引まびきされた “廃都に至る地下迷宮” の第十一階層へ順調に至り、焚火など囲んだ一党が雇い主クライアントを起こさないよう、小声で内輪話に華を咲かせていた。


 夜警と荷物運びを担当する彼らはウェルゼリア領の出身であり、中核たる港湾都市ハザルで数年の実績を積み、稼ぎの多い王都へ出てきた若者達である。


 差し入れてもらった地元産のたらたい烏賊いかの干物を好き勝手に焚火であぶりながら、時折にかじりついて其々それぞれの小腹を満たしていると、まとめ役の大剣つかいが感慨深げに言葉をつむいだ。


「まさか、若君わかぎみからの依頼が来るとは… 他領だと “辺境” なんて、やっかみ半分に添えられているが、まぎれもない当世の英雄だぞ?」


「それでも、ひとりで成せる偉業なんてありない、誰しも役割があるんだろうさ」

「“万全の態勢で挑みたい、力を貸してくれ” って言われたものね」


 仲間の軽装戦士に触発された魔道具つかいの娘がうなずき、人・物・金の集中による壁外への市街拡張を受けて、第二防壁の建設及び農地開拓に着手した故郷を思い出す。


 すべての発端は稀有けうな知識を持つ領主家の嫡男なれども、単独で実現可能なことに限界があるのは自明のことわり、そもそも人類の繁栄は協働にるところが大きい。


 ただ、行政庁や商業組合ギルドを巻き込んで紙幣を幅広く流通させた手腕や、王国編入の是非ぜひを問う住民投票がひかえている独立都市イルファにて、疫病にあえぐ人々を救った功績は疑いようのない事実だ。


「ん~、なんか、英雄よりも王って感じがする」


「それ、街中で言うなよ、国教会の連中に聞かれたら不敬を疑われる」

「教皇派との対立でややこしいからな、触らぬ神と坊主に祟りなしだ」


 まとめ役の指摘に終わらず、黙々と干物を噛んでいた弓術士にもとがめられてしまい、納得できない状況に紅一点の若い娘が頬を膨らませると、手慣れた男どもは話題の方向性を切り替える。


 “槍の乙女” と “踊る双刃” 、彼女らが冒険者となった某都市の組合ギルドにいた者のみ、公然と通じる髪色にちなんだ二輪の華という俗称を挙げれば、さらりと残る一人の青年も会話へ混ざってきた。


「うちのと違って金盞きんせん白藤しらふじ、どっちも凄く可憐だよな」


「あぁ、以前に増して人目をくものがある」

「片方の見掛けは変わってない気もするが、おおむね共感できるな」


 しかりと賛同されて調子に乗る軽装戦士は併設食堂で見掛けた当初、いの一番にこなを掛けておくべきだったとなげき、魔道具つかいの失笑を買う。


「いや、あんたなんて相手にされないでしょう、若君わかぎみと比べるのも烏滸おこがましい」

「ははっ、言えてるよな、反論の余地もない」


 冷静な突っ込みをみずから肯定しておどけ、笑いを誘うが… 今は草木も眠る丑三つ時、大きな声を出した粗忽そこつ者は皆から睨まれて、やや気まずそうに頭をいた。

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