第165話

 正午過ぎ、明け方に交代で眠った冒険者らが起きるのを待ち、野営の後始末と荷物を任せる一方で、本日の段取りなど伝えた俺達は六本肢の偽竜タラスクまう湖沼におもむく。


 そこより奥へ向かうには相応の技量が必要なため、途中の魔物は生体素材やマナ結晶体を目当てに狩られており、難なく辿り着いた先でリィナが片眉をかすかにひそめた。


「うん、想像より広くて深そう」

「どうやって討伐対象を見つけますか?」


「一応の考えはある、喰い意地が張っていると聞いたからな」


 にわかに問い掛けてきたフィアに応じて、ふところより取り出した平べったい菫青きんせい石へ濃密なマナをこれでもかと注ぎ込み、遅発性の術式を付与した直後に手首のひねりも加えつつ、身体強化の術式で底上げされた膂力りょりょくにて水面へ投擲とうてきする。


 その鉱石が絶妙な入射角と回転によって何度も飛び跳ね、没する音も聞こえない遠方へ落ちたのを見届けて、颯爽ときびすを返した。


「ん~、意味わかんないんだけど、ダーリン?」


「まぁ、果報は寝て待とう」

「ジェオ君がそう言うなら……」


 微妙に得心とくしんのいかない二人をうながして、数十メートルほど水際みずぎわより距離を開けることしばらく、ざばりと湖の水を一挙大量にみ上げて、硬い甲羅で覆われた三階建ての家に届くような体高たいこうの巨獣が浮揚する。


 その前方、逃げ出すように小柄な人型の発光体が岸辺へ飛び上がり、きょろきょろとせわしなく左右に首を振らせて、こちらを見つけると猛スピードで駆け出した。


「い~あぁ~~ッ!!」


 怒りを叫びににじませるのは潤沢なマナで虹色に輝いた目立つ生餌いきえ、もとい全身が水で構成されており、透き通ったドレスをまとう等身大フィギアサイズの精霊… ならぬ水妖である。


 湿地帯に踏み入り、移動速度の落ちた偽竜に追われる蕃神ばんしんの眷属は一気に加速して、相手を引き離した勢いのまま胸元へ飛び込んできた。


とりあアツカイらうどヒドイいぐねあユルサナイ!」

「すまん、言葉の意味が分からない」


 何やらいきどおっているのは理解できたゆえ、彼女の頭など優しく撫ぜてびながら魂魄を異界カダスへ強制送還すると、ただの水に戻った仮初かりそめの身体が崩れていく。


 すで巨躯きょくの捕食者は足を緩め、新たな獲物を慎重に見定めていたので、あせることなく胸部だった場所から落下し始めた青い鉱石をつかみ、腰元の革袋へ仕舞った。


「…… 結構、人使いが荒いよね」

「それはリィナの性格も影響しているかと」


 小さく呟いた半人造の少女ハーフホムンクルスが左手で太腿にめたベルト式の鞘より拳銃、右手で腰元の剣鞘より肉厚ななた剣を引き抜いて戦闘態勢にうつれば、さらりと指摘した司祭の娘も聖槍という名の鈍器を斜に構える。


 確かに高価な物を与えたら、すぐに機嫌を直してくれるため、日頃の扱いが粗雑になっている可能性も否定できないと自戒じかいを挟み… 俺も流体金属の形でび寄せた魔導書を鈍色の手甲や、左半身を護る軽装と化して身にまとった。

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