第163話 ~とある人狼娘の憂鬱~

誓約歴1261年2月中旬 ~某日夜~


「この仕打ち、絶対に許すまぢ……」

「ふふっ、私は役得ですけどね~♪」


 世間が謝肉祭の準備でにぎわう昨今、地母神派が誇る聖マリア教会の大浴場にて、ディアナ・アマデウス・カンパネルラに抱き締められながら、湯船の中で彼女に預けられた人狼娘が唸る。


 目を座らせた三白眼のウルリカは憤懣ふんまんやるかたない様子で、延々と誰もいない空間をにらみ続けていた。


 危険という理由で浸食領域への帯同を拒否され、あまつさえも一人にしておくのは心配だと、知己ちきに世話を頼まれたのが不服なのだろう。


 そんな心の機微に構うことなく、無遠慮に触れるたおやかな淑女レディ繊手せんしゅを嫌って、黒い毛並みのケモ耳が微動すると指間をすり抜けていった。


「んぅ、このっ気ない感じがたまらない」


 ともすればごうの深い呟きに合わせて、ぎゅっとお腹にまわされた片腕の力が強まり、豊満かつ吸い付くような肌触りの乳房が押し付けられると、幼さを残した人狼娘の表情に少しの疑問が宿る。


 わずかばかりの思案を挟んで年齢などかんがみれば、同年代の少女らよりも育っている自前の双丘を一瞥いちべつした後、綺麗な桜色の唇がゆっくりと開かれた。


「異教の女司祭、みんな胸が大きい?」


「ん~、同志フィアも結構な “もの” を持ってますからね、きっと教会の洗礼を受けて聖母様の加護を得たら、狼さんにも素晴らしい恩恵がありますよ♪」


 微笑を湛えた大司教がしたる根拠のない妄言をのたまい、年端としはのいかないウルリカを地母神派に誘うも、あまり反応はかんばしくない。


「…… 嘘の匂いがするし、駄肉が増えると動きづらい」

「そうきましたかぁ、私も邪魔に思う瞬間はあるので、一概には否定できません」


 “戦斧ハルバードを振るう時、無為むいに揺れますから” となげくディアナは多分に漏れず、某派にける英雄の血を引いた使徒であり、唯々諾々いいだくだくと不機嫌な人狼娘がスキンシップを認めているのは、彼我ひがの実力差によるものだ。


 教会で寝泊まりを始めて三日ほど… 愛らしいと市井しせいでは一定の評判を持つ、イヌ科獣人の子供が好きなのか、過剰に構ってくる相手からの逃亡を試みた末、多大な “学習的無力感” を植え付けられていた。


 何処どこに隠れようとことごとく捕まり、狩られる側の気持ちを理解させられたのは大神オオカミの眷属として、もはや屈辱以外の何物でもない。


(ご主人のまわり、どいつもこいつも人外しか居ない)


 ゆえむ無しと、自身の現状を華麗に誤魔化しつつ、いずれは敬愛する主の一番になり、たっぷりでてもらおうと内心で息巻く人狼娘も大概である。


 それには姉代わりの二人を出し抜かねばならず、道のりは遠い。


 若いので長期戦も辞さない覚悟だが、ほとんど肉体的に歳を取らない半人造の少女ハーフホムンクルスがいるため、時間経過が優位に働くとは断言できなかったりもする。


 いまだ大司教たる淑女に抱っこされたまま、お風呂に顔半分を沈めたウルリカはぶくぶくと、幾つもの泡を立ち上らせながら、また静かに唸った。



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オオカミの群れでは一番強い雌だけ、子どもを産むことができます。

本能に根差した部分で、人狼娘も影響を受けているのかもしれません(笑)


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