第162話

 季節柄のコモンタイムと乾燥カモミールの香草茶で人心地つけてから、やや強引に渡された組合ギルド支部発行の書面を眺め、ざっくりと目を通す。


 内容自体は素材採取を求める一般的なものだが、某老教授が欲しているのは安定期かつ大規模な浸食領域、“廃都に至る地下迷宮” の湖沼でまれに咲く釣鐘草の一種だ。


「なるほど… 危地を彷徨さまよい、六本肢の偽竜に出会ってたわむれろという訳だな、ご高名な翠玉すいぎょくの錬金術師殿は」


「えぇ、の悪名高い巨獣も “槍の乙女” や “踊る双刃”、二輪の華を従える辺境の英雄様なら、問題なく簡単に退しりぞけられるでしょう?」


 あまり買い被られると面倒なので、小首などかしげたドロテアの言葉を否定して断ろうとするも、様子見しながらアップルパイをんでいた半人造の少女ハーフホムンクルスが割り込む。


「ダーリン、文章は最後まで読むべき、依頼主がになってるの」

「…… もう一人はヴァネッサ女史か、恩を売って損はない相手だ」


 先月に教えてもらった蒸気機関の有用性を考えるなら、先史文明の知識をつかさどる “導き手” とは、良好な関係を維持しておいた方が賢い。


 何かのおり、追加の技術提供があるやもしれないと、打算的な思考に囚われてもうけぬ前の胸算用に励んでいたら、助手兼メイドの少女が見透かすような笑みを浮かべた。


「例のミニチュア模型、精巧な部品を錬成したのはアンダルス教授です。予想される動力開発の課題含め、ウェルゼリア領の相談に乗れると思いますよ」


「外堀を埋めるがごとく、二人に誘導されているのは面白くないが、湖沼のタラスクさえ追い払えば、たおさずとも釣鐘草は採取できるからな」


 失敗時の違約金がほどの額でないのも確認して、引き受ける腹積もりで依頼書の麻紙を革製鞄へ仕舞おうとすれば、思わぬ方向からいなやが入る。


「それなんだけど… あの偽竜ってさ、多額の賞金が懸けられてるよね?」

「却下だ、却下、出会った頃と変わらないな……」


「むぅう、ダーリンだって、私の扱いが酷いままじゃない」


 断固抗議すると頬を膨らませたリィナの指摘は正しく、現世で初めて肌を重ねた相手なのもあって、多少の個人的な依存や甘えが表に出ているのも事実。


 にやつくドロテアに痴話喧嘩を見せる気もないので、したしき中に礼儀ありだなとびて、逆撫でしないように立ちまわる。


 その代償として幾ばくか譲歩せざるを得ず、 “首尾よくたおせそうなら仕留める” との言質げんちを取られてしまった。


「攻め処を間違えないのも、淑女レディの条件よね~♪」

「いや、違うだろ」


 喰い気味に否定しようとすれど、わざと強めに響かせたティーカップを置く音が耳につき、こちらの意識をき付ける。


 かすかに桜唇おうしんを湿らせた助手兼メイドの少女は、ご馳走様といった感じでこちらを見遣みやり、やや露骨な仕草しぐさにてれた話を手繰たぐり寄せた。


「“仲良きは美しきかな” ですが、そろそろ明確な答えを頂いても?」

「あぁ、引き受けよう、期待せずに待っておけ」


 結局、関わることが避けられない運命だったのか、この瞬間に地下迷宮の第十一階層へ向かうことが決まる。


 往復で六日ほどの探索となるため、補助役ヘルパーの手配も含めた準備を考慮しつつ、機嫌よく腕をからめてきたリィナと連れ立って、のんびりと我が家への帰り道を歩いた。

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