第161話

 本日、受けるつもりだった一通りの講義を終えて、香草茶の一杯でも引っ掛けて帰るかと、敷地内に併設された冒険者組合ギルド支部の前を抜けてカフェに向かえば……


 学院経由の依頼をあさっていたのか、道沿いのテラスにいた半人造の少女ハーフホムンクルスがこちらを見つけて、わずかに驚きながら元気よく手を振ってきた。

 

「ダーリン、こっち!!」

「… 大声で呼ぶな、無駄に目立って恥ずかしい」


 下手に無視すれば後で “うざがらみ” されるのもあり、聞こえるような距離ではないが、小さく呟いた上で爪先の向きを変える。


 なか惰性だせいでリィナの下へ足を運ぶと、筋骨隆々な老教授のメイド兼助手が一緒のたくいており、白い陶器製のカップを緩く掲げて会釈えしゃくの代わりとした。


しばらく振りですね、ジェオ・クライスト・ウェルゼリア」

「何故にフルネームを?」


「ふふっ、何となくです、気になさらないでください」


 何やら上機嫌なドロテアの様子を一瞥いちべつして空席に座り、歩み寄ってきた給仕への注文オーダーを手短に済ませる。


 先ずはやるべきことを押さえてから、この現状を改めてかんがみるも、二人の組み合わせに思い当たる節はなく、説明しろという疑問の視線を身内へ送るに至った。

 

「ありていに言うなら、冒険者と依頼人クライアント?」


「アンダルス教授のお使いで組合ギルドに出掛けた際、都合の良い方が掲示板に張り付いておりましたので、遠慮なく指名させて頂いた次第です」


 優雅にそつのない態度を取り、うちの人狼娘と年齢的にほど変わらない、されども言動には雲泥の差などある臙脂えんじ色の髪を持つ少女がのたまう。


 そんな彼女の発言にともない、ずいとリィナが片手に持っている依頼書を突き出した。


「ふむ、王都の組合ギルドも麻紙を使うようになったんだな」


「ん~、普通に高いからね、羊皮紙」

「生き物の皮だけあって、術式を刻むには相性が良いのですけど」


 即時発動と引き換えに燃え尽きる魔術断章スクロールの分野では、国内製紙業の発祥地たる港湾都市ハザルですら、未だに麻紙が浸透していない。


 高級品であって当然との意識に加え、抜き差しならぬ状況で瑕疵かしが判明した場合、使用者の生死に関わることが理由の一端だろう。


「まぁ、分からなくない、俺も魔道具の系統は効果が確実なものを好む」

「そう言えば… 貴方が所蔵している『ルルイエ異本』の装丁、“人皮” だとか?」


「知らなくていい事実をありがとう、感謝はしない」

「あれ、どう考えても特級の呪物だし、さもありなん」


 若干、引き気味なリィナの半眼にさらされる中で、妙に吸いつくような手触りの原因はそれかと考えていたら、給仕の声掛けに続いて注文の品が差し出される。


 今後、手元へくだんの魔導書を呼び出した時、余計な認知が働きそうだと憂慮しつつ、円卓へ届けられたハーブティを啜って、漏れかける嘆息たんそくを強引に飲み下した。

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