第160話

「最終的な決断を誰かにゆだねる気はないし、結果にともなう責任も… 取ると断言したらただの噓つきになりそうだ、困ったな」


「人ひとりの背負える物は存外に少ない、起きた事態に合わせて最善を尽くし、天命を待つのが人間という “霊長を名乗る猿” のり方だ」


 どうにもならない不条理な事柄は世に多々あるので、悲劇に見舞われた人々の折り合いを付けるため、世に宗教が蔓延はびこるのだろうと生真面目な第一王子をさとす。


 素面すづらで根拠にとぼしい御託ごたくを並べられない心根は評価できるものの、見方次第では優柔不断のレッテルを貼られ兼ねない。


 ただ、難儀なんぎな性格の根底には人の良さがあり、引き続き言葉をまじえているうちに、前世の皇位争いで敵対した兄のことがしのばれてしまう。


(何のしがらみもなかった幼い頃、よく日暮れまで蹴鞠けまりに付き合ってもらったな……)


 恐らくは善良と言える部類の身内を追いめ、死なせたのはそそのかされるまま武力に訴えて、行きつく先を見通せなかった蒙昧もうまいたる自身だ。


 おおよその趨勢すうせいが決まった時点で和解して、互いの手を取ればいいとか、独りがりで馬鹿げた愚者の夢想に過ぎない。


 ふと、己の至らぬ過去をかえりみれば、グラシアの王位継承を巡る公子らのことが余所よそ事に思えなくなって、お節介な老婆心が顔をのぞかせる。


「近しい者や教皇派の利害もからんで、退くに引けない部分もあるとは思うが、本当に望むものを見誤みあやまるなよ、後悔するぞ」


「そこまで気遣きづかってくれるなら、こちらの側に立って欲しいものだ。頭が固いうちの聖堂騎士セルムスはさておき、猫虎の双子姉妹セリアとセリカが喜ぶからね」


 苦笑交じりにルベルトが再度の勧誘を試みるも… 類似する状況で惨憺さんたんな目にあった生前の記憶は色濃く、やはり億劫おっくうな気持ちがぬぐえない。


 なおも言いつのろうとする相手を軽くかかげた片手で留めて、もう話は終わりだといったように前を向き、教養系科目である人文地理学の講義に耳をかたむけていく。


 なにせ、出席をアピールしようと目立つ所に座っている手前、先ほどより准教授による私語をつつしめといった無言の圧が凄いので、これ以上の雑談はひかえた方が賢明だ。


(心証が悪くなるのは本末転倒、趣旨しゅしに反する)


 さらに言えば打算的な彼是あれこれと関係なく、各地域にける人と環境の繋がりを扱い、紐解ひもとく科目の内容にははなから興味がある。


 王都では製紙法を伝播でんぱさせた紙商人か、しくは紙幣を導入した財務系の官僚という風聞が強い反面、その実態は領主家の跡取り息子であるため、何かと役立つ知識が得られるはずだ。


 それは王室に属する銀髪の優男も変わらないのか、大人しく引き下がって麻紙に羽筆を走らせるかすかな音など、隣席から軽快に響かせてくる。


 こちらも負けじと学業に傾注けいちゅうしてグラシア王国西部の穀倉地帯から、自領も含んだ湾岸部に至る地域の主要農作物や、都市ごとの産業にまつわる理解を深めた。

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