第159話

 しばらく実家の領主邸宅や、教会併設の修道院を渡り歩き、悠々自適に過ごした上で王都へ戻ると、数日分の遅れを取り戻すべく勉学にいそしむ日々が訪れる。


(流石に一度も顔を出さず、試験だけ受けても認定証ディプロマもらえないからな)


 所謂いわゆる、既成事実を作るため、俺は目に留まりやすい最前列の席へ陣取り、学内で普及のきざしを見せている麻紙製の教本を取り出した。


 現在、エクルナの製紙工場は印刷局の管轄かんかつ下にあるので、原紙はウェルゼリアの工場が大口取引でおろしている直送品、印刷は自領より納品した活版機と図面を含む場合の木版で使い分けているようだ。


 などと、うちの得意先である学院の状況をかえりみていれば、隣席に珍しい奴が腰を下ろす。特段、積極的に話し掛けるような間柄ではないが、講義のかたわらに相手をするのもやぶさかではない。


 講堂に姿を現した准教授を見流しつつ、そう気軽に考えていたものの、銀髪の優男であるルベルトは協力を願いたいと、単刀直入に本題を差し込んできた。


「もう専門課程の折り返しに近づいているから、結果を残しておきたいんだ」


「… 第十一階層の偽竜タラスク討伐か、中層以降で採れる迷宮産資源の逼迫ひっぱくを解消できたら、王都近郊での評判は上がるだろうな」


 実はふらりと顔を見せにきたオルグレン経由で、其処そこへ進出した第二王子側にも同案件を打診されており、討伐の混成チームに加わらないかと誘われていたりする。


 こちらが帰郷している間に挑み、組合ギルド所属の冒険者を一人死なせてしまった顛末てんまつにつき、日頃の浮薄な態度をよそおいながらも真顔でいていた。


「そっちの側にいる猫虎、ランベイル家の双子姉妹は学内で会えばからむし、食堂での飯も同席する仲だが、の肩だけ持つのは気が進まない」


「あぁ、君はレオニス従妹エミリアとも交流があったな、二人のことも宜しく頼む」

「つくづく為政者いせいしゃの親玉に向かない性格だな、第一王子」


 自戒を込めて揶揄やゆするも、ルベルトは “他ならぬ自身が誰より分かっている” とうそぶき、芝居がかった仕草でおどけてみせる。


 過保護な王妃をはじめ、教皇庁から派遣された側近達など、“誰かに道を示され続けて歩んできた凡愚が、人を導く王になるのは滑稽きわまりない” と。


「それでも、支えてくれる皆の期待には応えたい、優秀な者を身分問わず要職や傍付そばづきの官僚に採用して、意見をみ上げていくつもりだ」


「“船頭多くして船山に上る”、余程のカリスマ性がないと混乱に陥るぞ」


 三人寄れば文殊の知恵だが、百人れると何も決まらないのは世のつね、下手に調和を取ったところで無難かつ、中身のない妥協の産物ゴミクズが生まれるのみ。


 もはや其処そこに御大層な意義があるはずもなく、民主的な政治形態であるほど、人知を超えた超絶な指導者が求められる現実は皮肉でしかないと、講義の合間に小声で伝えてやれば… 隣の優男は正論だとうなずいた。



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実はちゃんと、兄貴分をやってる第一王子。

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