第156話 ~とある第二王子らの遠征①~

 他方、大規模なれど安定している浸食領域 “廃都に至る地下迷宮” の第十一階層、多種多様な発光植物がしげったほの明るい湿地帯にて、斥候役の冒険者とおぼしき二人のうち、浮薄ふはくそうな片方が大きく口を開ける。


「ふぁ… うぅ…… 今日も空振りか」

「あぁ、泥濘でいねいに足を取られる場所へ行かない限り、襲われることは少ないからな」


 漏れ聞こえた呟きに律儀な相方は首肯を返すが、ここ最近は危地に踏み入る粗忽者そこつものがいないゆえ、小腹を空かせているかしくはうまい人肉に飢えているはずだと、彼らの年若い雇用主クライアントは断じていた。


 実際にあたらずといえども遠からずで、今しばらつと微々たる音が遠方より響き、明確さを顕著にさせながら近づいてくる。


「ッ、まさか!?」

「食料が尽きる前に出会えたのは僥倖ぎょうこうだ」


 何の成果もなく王都に出戻るのは頂けないと言い添え、年長の男は枯草やまきに火をけて、簡易結界が張られたキャンプ地で待つ者達に報せるため、大量の白煙を昇らせていく。


 やや周囲の環境的に判別しづらいものの、夜目がく血気盛んな侍女ことイングリッドは見逃すような愚を犯さない。


「北北東の方角に狼煙が生じています」

「ありがとう、もう一度だけ確認しておきますけど……」


 幾度目かの念押しで宰相を務める公爵家の令嬢、エミリアが気心の知れた仲間達へ視線を巡らせて、数々の犠牲者を喰らってきた “偽竜” との交戦に言及する。


 万一に備えて潜伏する二組の斥候役らが危ないと判断した場合や、撤退時には閃光音響弾フラッシュバンの魔封石が投じられるため、殿しんがりは “王命に従い” 潜んでいる優秀な密偵らに任せて、可及的速やかに離脱を試みること。


 逆に標的が逃げたなら、湖沼の付近まで深追いしないことなど彼女は並べ立てた。


「“いのちをだいじに” だね、心得ているよ」

「当然だな、判断を誤るつもりはない」


 低層のぬしと化した魔物をたおせば、第十二階層にもうけられた迷宮街を復興する道が開けて、中層資源の流通量も増加が見込めるという点から、大きな功績となるが… 優先すべきは終生のともがらだと断じて、第二王子のレオニスが悪友に同意を示す。


 それに気を良くしたようで、斜向はすむかいにいたオルグレンは格闘用のガントレットでおおわれた両拳を打ち付け、鈍い金属音を鳴らした。


「皆様の武運を願わせてもらいます、ここの撤収は任せてください」

「目的を果たして、気持ちよく帰りましょうや」


「んで、報奨金を握り締めて酒場へ直行!!」

「あははっ、良いっすね~」


 荷物の運搬及び、拠点設営も行うポーター役の冒険者らの激励? を受けて、同階層で二日間を過ごした面々めんめんうなずき、武装と回復薬ポーション等を確認した上で戦いに望む。


 王侯貴族の縁者ゆえ組合ギルドの登録は済ませていなくとも、彼らには血筋や壮絶な経験に裏打ちされた金等級相当の実力があり、歓送する者達の期待は厚い。


 王都で生きる荒事稼業の連中にとって、上下水道のからみで厳重管理されている迷宮浅層を抜けたら、すぐに到達可能な浸食領域の奥行きが拡張されることは願ったり、叶ったりなのだろう。

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