第151話

「うぐっ、これは!?」

「… っ、若君わかぎみ、説明を願えますか」


「後催眠暗示を術理に取り込み、認識に基づく誓約を可能とする “呪い” の一種だ」

「むぅ、またジェオ君が外法のたぐいを… お説教の出番ですね」


 ぼそりと隣でひとちるフィアの呟きは聞き流して、自身の脳が忌避きひすべきと理解した特定の行為に付き、禁をおかそうとすれば心臓が締め付けられるむねなど、包み隠さず伝えると皆の顔が引きる。


 術式の性質上、具体的な効果は被対象者の性格に影響されるので、呪術を受けた瞬間に影響が出たのは正直者の証だと取りつくろったものの、場の空気はなごまずに船大工の棟梁らが重い口を開いた。


「つまり、我々は信用されてないと?」

「少々、やり方が強引過ぎませんかね、ご領主」


「と、不満が出ているぞ、跡取り息子よ」

「機密漏洩で処罰されても気まずいだろう、お互いのためと思って欲しい」


 幾つものジト目が向けられるかたわら、手早く署名済みの誓約書を集め終えた官吏かんりが一礼して、そそくさと会議室から立ち去るのを見送り、針のむしろといった現状を打破するためにベルを手繰り寄せて鳴らす。


 それに応じてワゴンを押しながら、今度は古巣でパンやクッキーを只管ひたすらに焼き続けて、菓子職人にまでなった元修道女シスターの店主が人狼娘をともない、微妙な空気のただよう室内に入ってきた。


 地元の名店をいとなむだけあって顔見知りも多いようで、複数人より掛けられた疑問含みの声を会釈で封殺すると、領主邸宅へ出張中の彼女は配膳車の天板から大きめの銅製ポットを持ち上げ、人数分のカップに中身を注いでいく。


 わずかに遅れて深みのある香りが嗅覚をくすぐるも、試飲の際に好ましくなさそうだったウルリカは無表情のまま、こちらへ銀のトレーに乗せた珈琲コーヒーを差し出してきた。


「ん、熱くて苦いやつ」

「ありがとう、先ずは客人を優先すべきだけどな」


 先々月くらいに同様の指摘をした気はするが、受け取って獣耳の生えた頭をポフれば、ややくすぐったそうに瞳を細める。


 そうこうしている内にも、黒い液体で満たされたカップは増えているため、まだ幼さが残る人狼の少女を仕事の続きに戻して、皆に珈琲が行き渡るのを待った。


「ふむ、香りは上々だが……」

「真っ黒の色がなぁ」


「ははっ、今日は珍しい物が見られて嬉しい限り」


 戸惑う鍛冶師の親方らに何事も挑戦だと話し掛ける一方で、焼き菓子の配膳が済むのを待ちきれないのか、昔世話になった学者のラズロックがそわそわし始める。


 見慣れない飲み物に一同の興味関心が向けられている機を逃さず、手抜かりのない女店主は給仕を終えると長机など挟んだ領主の対面、すべての視線を集められる場所に楚々そそと歩み出た。


「来月より “女王蜂の巣レジナアプス ニードゥス” で提供させて頂く新商品、お気に召されたら幸いです」

「あんまり、美味しくない (ボソッ)」


 一緒に付いてきたウルリカの本音が漏れるも、むんずとつかんだ頭を自ら共々に下げさせてから、二人そろって退室する。


 そんな姿を見遣みやれば女子修道院の出身というのがうかがい知れて、かすかに頬が緩んだ。

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