第152話

 取り敢えず、好評だった焼き菓子店の嗜好品でお茶を濁しながら、誓約書にちなんだ呪術の件をまかり通らせて市営商船及び蒸気機関の開発等、諸々もろもろの筋道を付けた後で昼食も済ませて女子修道院へ向かう。


 目的は修道女シスターズらと深夜の女子会を開き、当然のように寝過ごしたリィナのお迎えであれども、大量の衣服を洗う彼女が皆と労働にいそしむ姿は中庭の風景へ組み込まれており、おいそれと声を掛けづらい。


「若干、回収してもらいたそうに見めているが、どうだろう?」


怠惰たいだは罪ですから、働かせておきましょう」

「寝坊したリイナが悪い、いつものこと」


 貴重な朝の時間をいたにもかかわらず、寝床から出なかったと愚痴る司祭の娘に同意して、人のベッドに忍び込んで妹を怒らせた人狼の少女、ウルリカがしかりとうなずく。


 五十歩百歩では? と華国に伝わる旧世代の故事を脳裏によぎらせつつも、何処どこかで暇を潰す必要に迫られていたら、くいくいと上着のすそを引かれた。


(… もはや、くせになっているようだな)


 何か伝えたい事柄のある時、よくフィアが取る行為を受けて向き合えば、彼女は南側の壁面に掛けられた垂直式の日時計を指さす。


 遠目に見えるそれは昼の祈りを知らせるアンジェラの鐘より、一刻ほど経つ位置を棒針の影で示していた。


「丁度、院でり行う学習会の休憩時間になりそうなんですけど… 折角ですから、次の刻限に合わせて子供達の様子をのぞきに行きませんか?」


「あぁ、構わない、案内してくれ」

「教会系の授業、興味ある」


 母国にいた頃は商家の出身ゆえ組合ギルドによってもうけられる学びの場へ通い、算術を学んだという人狼娘が呟き、黒毛の尻尾をふさふさと微動させる。


 本人は気づいてないようだが、わりと機嫌が良い時の仕草しぐさなので、小さな胸の内を推し量るのには都合が良い。


 そんなちょろい部分もあるウルリカと共に導かれて修道院の建物へ入り、暖炉からの温風が送られる場所の一つでもある写本室へ踏み入った。


「あ、フィアねぇ様♪」

「お帰りなさい、槍術とかの授業やる?」


「あれ、痛いから苦手」

「うん、体術の方がマシ、素手な分だけ」


 目聡めざとく義姉を見つけた初等科の年齢にあたる数名の子供達が集まり、わちゃわちゃしながらも、次々と語り掛けていく。


 しれっと女子修道院なのに武骨な話が混じっているのは精鋭たる護民兵団を持ち、過去に取り込んだ英雄らの子孫をようする地母神派らしい。


(自己防衛のためとはえ、異端扱いされていた頃の弊害か……)


 聖母を神格化した独自信仰、女性聖職者の叙階じょかい、金銭の過多で救う相手を選ばない原点回帰の思想など、教会の諸派からすれば面倒な存在ではあったのだろう。


 伝え聞く苦難の時代に少しばかり想いをせていたら、こちらへ黒板のそばにいた初老の司祭が近づいてきた。

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